炭火生存日記

しぶとく生きるためのブログ

夢見る名古屋グランパスサポーターにのしかかる現実のお話 ※追記あり

中断期間が明けてJ1が再開しました。

ワールドカップの夢から醒めず、現実逃避するよろしくない名古屋グランパスサポーターがいらっしゃいますね。

 

そろそろJ2でどんなアウェー旅をしたいか考えておくと楽しめますよ。グルメもありますし、年中試合を楽しめますし、攻撃的で魅力的なサッカーが披露されるかもしれません。期待の若手に次々注目しあっと言う間に去っていくという、アイドルを追っかける尻軽オタクみたいなこともできますよ。もうやってますか?それは失礼しました。

 

(追記 個人の観戦スタイルを馬鹿にしているのではないかというご意見を頂きました。確かに、他の方が好きでなさっていることを感情に任せて安易に批判した点は申し訳なく思います。気分を悪くされた方もいらっしゃると思います。その点は配慮が至りませんでした。改めて謝罪申しあげます。)

 

サポーターであれば誰しも新戦力には期待したいものです。そのわくわく感は抗いがたいものがあります。ですが、あまりに選手個人に期待し続け、どれだけの期間を浪費したでしょうか。

シャビエル選手が昨年の夏に名古屋に舞い降り、その願いを一度は叶えてくれました。しかしながら一年たった今、あの頃と比較して名古屋グランパスというチームはどれだけ強くなったのでしょうか。

圧倒的な実力で毎試合2~3点分のピンチを救うランゲラック選手が加わり、大怪我で離脱してしまった期待の新井選手が帰ってきて、櫛引選手が暑さにも順応して頼もしい選手となり、菅原選手が大抜擢を受けプレーの端々に賢さを見せて、ホーシャ選手が加入して左利きのCBから展開できるようになった挙句、今の守備はどうでしょうか。

目玉補強でジョー選手が加入し、J1でも余裕で通用しているシャビエル選手がいて、若手の有望株をどんどん二種登録して、「攻める」というスローガンのもと標榜した攻撃的で魅力的なサッカーはどの程度披露されているのでしょうか。約一年半というサッカーを浸透させるうえで十分な期間を経て、今は目標を達するためのどのあたりの段階にいるのでしょうか。

 

「内容はよかった」「保持率は勝っていた」という戯言すらいえなくなり、魅力さえも虚空に消えた状況で、まだ中毒者のように選手が足りないと言い続けるのでしょうか。

 

チャンスを生かせなかった選手は仕方ないとしても、十分なチャンスもろくに与えられないまま去ってしまった選手がいる一方で、新たに中谷選手・エドゥアルドネット選手・前田選手・丸山選手が加入しました。シーズン前と合わせれば十数億の投資であり、非常に恵まれた体制であるといえるでしょう。

その一方で正直、もはや「風間サッカーをわざわざ選ばなくても、標準的に守備を整えればそこそこ上位が狙えるチーム」を構成できる選手が揃ってしまったと思いますよ?それにもかかわらず、理想に拘泥して再び屈辱にまみれ、戦犯探しがまた始まるのでしょう。根本的に選手の数が足りずに初めて降格した2016年とは台所事情が違いすぎます。

そして、育成の基礎を作るという触れ込みはどこへやら、この二年で止める蹴るがうまくなった選手は沢山いても、認知判断が向上したり、パスレンジが伸びたり、個人でつぶせる守備技術が身についた選手はいません若手が明らかにJ1で通用するようになったという進化もピッチ上で見られません今回の中断期間は、半分もう手遅れではあったものの、運が良ければ残留に間に合うかもしれなかった最後の修正期間でした。

その結末は、5年前と何の進歩もない黴の生えた理論に基づき、何らアプローチの変わらない時代遅れのガラパゴスな練習を積み重ねただけでした。最後のチャンスをドブに捨てたことが浦和さんとの試合で確定しました。もうチャンスは巡ってこないでしょう。万が一改善したとしても、それは極めて属人的なものであり、必要な要素を多少なりともコンバートや育成により補えていない時点で論外です。

これで成績が良くなっても「遅すぎる」の一言に尽きますし、わざわざ8連敗してチームの士気を下げた意味は皆無でしょう。良くなる要素がわかっていながら行動しなかったのなら無能の誹りは避けられないでしょうし、相変わらずこれだけの選手を揃えてなお最下位なら無能の一言です。

 

同じミスを2度した選手は進歩がないとして監督から叱られるそうですが、同じミスを少なくとも14回以上、もしくはもっと多く繰り返している選手がいるとしたら監督からどのように叱られるのでしょうか。追放されそうです。こわいですね。

 

もしかしたら、圧倒的な個人が何とかしてくれるという、あまりにも受動的で恵まれた「呪い」にかかってしまったのかもしれません。素人がかかるならともかく、なんで経営やサッカーのプロがかかっているんだというのは批判を通り越して嘲笑になりそうですが(笑)

 

今やドイツでさえ「CBがボールを保持できる」という強みを逆用されて敗北するこのご時世に何を悠長なことしてるんでしょうかね?テストするとしてもせめて勝ち点40を得てからやってほしいものです。

 

次の広島戦は「宮原選手が出られなかったから」が夢見る人々の言い訳になりそうですね。その次は「暑いからしょうがない」ですかね?そのあとは「まだ新加入の選手たちと連携が習熟してないから時間がかかる」あたりだと予想します。そのころには17位のクラブが勝ち点20になっていそうです。

 

すべて終わるころに、気づいたら何もクラブに残っていなかったという漫画みたいな展開だけはやめてほしいな~。

人災で「日本らしく」玉砕した日本代表

日本代表は、 ベルギー代表に2-3で敗れ、ワールドカップが終わりました。

 

 

記録としては今までのタイ記録であるベスト16と、アジアとして南米勢に初勝利という歴史の扉を開いた大会として終えました。 

結果だけで言えば、戦前に予想されたものよりもはるかに良く、選手たちの頑張りによって望外の成績を得られたといえるでしょう。初戦から豪運にも恵まれ、相手の自滅も手伝い、個人的には完全に予想外な展開でした。普段からサッカーを見ている方ほど予想できなかったのではないでしょうか。

 

ただし、今回の結果によって、日本という国がステップアップしたということは決してあり得ません。残念ながら経験値として持ち帰るはずだったものは、サッカー協会の手によってゴミ箱へ棄てられました。この4年間、アギーレ監督をはじめに招聘して積み上げようとしてきた所謂「弱者のサッカー」は成功したのかどうかすらわかりません。今大会の結果としては現れましたし、おそらく個人的には日本に向いているようにも感じたのですが、検証のしようがありません。

もしハリルホジッチ監督だったら…という仮定も、もはや無意味です。初戦の退場者が出て先制する展開が同じ形で出ることは100回繰り返してもまずありません。そしてそのイレギュラーが今回の決勝トーナメント進出に最も強く作用している以上、再現性は皆無です。今回のイレギュラーが日本選手のパフォーマンスによるものなのか、コロンビア選手のパフォーマンスによるものなのか、それは油断からくるものなのか、その油断は日本そのものへの油断か、監督交代をしたバタバタによる油断か、真相はわかりません。全く同じ形でベルギー戦に臨めたとしたら、最後の玉砕はしなかっただろうくらいしか予想できませんね。

 

しいて言えば、守備的に戦えばうまくいくケースのほうが多そう、くらいの素人の感想くらいは言えそうです。若手に経験を積ませたわけでもなく、結果だけを求めた結果、本当に結果しか得られなかった大会となりました。

 

加えて、その結果も予想外に良かったとはいえ、あらゆる豪運を引いてきた末路としては物足りません。これほどツキに恵まれ、決勝トーナメントに進出できる大会は今後しばらくはないでしょう。チャンスとしては最高クラスの大会でした。

 

しかしながら、そのチャンスを万全に生かす準備はむなしくも積み上げてきませんでした。振り返れば3大会前のオーストラリア戦の逆転負けから、ザッケローニ期のコンフェデ杯イタリア戦、前回大会のコートジボワール戦、そしてほんの数日前のコロンビア戦まで、日本代表は少なく見積もっても12年前から、公式戦の真剣勝負で勝っているときの試合運び、試合の締め方に課題を残しています。

具体的には、攻めて突き放したい攻撃陣と、守って逃げ切りたい守備陣の意思の統一がされません。それにより中盤に謎のスペースができます。同時に、横パスで時間をつぶす所謂「自分たちのサッカー」がいきなり影を潜め、妙に好戦的な攻撃ともらったほうが困るバックパスと帳尻を合わせるための不要なファールが繰り返され、致命的なミスが起こり、同点にされます。そして、追い付かれた焦りから余裕を失い、リスク度外視の玉砕攻撃に転じ、時に本当に玉砕します。

 

結局振り返れば、ベルギー戦の最後の予兆はコロンビア戦にありました。相手が一人少ないからこそ追い付かれただけで済んだのであって、失点の仕方は過去の歴史に見事に合致します。賭博師西野監督の大博打は、終わってみれば2度当たり、2度外れです。最後には賭博で隠し切れなかった準備不足がすべて溢れ出たように思います。

 

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きわめて残酷ではありますが、上動画の1:23~(3失点目)は、直してこなかった日本らしさの集合体であったように思います。

 

・ケイスケホンダのコーナーキックは相手GKがキャッチ。

1. 時間帯を考えると、延長戦も選択肢になる時間帯です。ただし、コンディションの都合や23人を走り切れる選手で揃えなかった指揮官の判断ミス、ジョーカー枠の不在から、泥試合に持ち込みPK戦まで引っ張るといった選択肢は欠落していました。とはいえ、もとから90分で走り勝つには久保選手、浅野選手、中島選手といった適した人材が不足していました。どっちに転んでも用兵のミスです。

また、ポーランド戦で柴崎選手を休ませることができず、もっとも重要な試合でフル稼働させられませんでした。そのポーランド戦も、結局は「日本らしい」試合運びから不用意に失点し、不要な博打に頼っています。

 

2. それゆえ、攻めるしかありませんでした。攻めるか守るかを勝率を考えて能動的に選んだわけではなく、攻めるしか選択肢がありませんでした。少なくともケイスケホンダは決めるつもりであのボールを入れたと思います。ただ、チーム全体で意思統一はされていたのでしょうか?そのわりにはボックス内に4人しかおらず、何が何でもここで叩き込む感はありません。ベルギーのほうが屈強な大男が多い以上、高さ勝負にすべてをかけるのは賭けとしてもちょっと無謀な気がします。正直わかりません。あのピッチの緊張感がそうさせたんですかね。

 

3. クルトワ選手のスローイングを誰も妨害していません(できなかった)。細部の執念、負けないための準備を怠った結果とも、フェアプレーに徹しすぎた結果ともいえるでしょう。失点につながる可能性のある箇所を詰め切れなかった報いでしょう。

 

スローイングはデブライネ選手の足元へ。

実はこの時点で詰んでいます。ベルギーの選手が5人に対し、日本の選手は3人しかいないのです。山口選手の対応について世間では騒がれていますが、根本的に山口選手とデブライネ選手がタイマンで対峙する時点でベルギーの思惑通りに事は運んでいます。正直あの状況で山口選手にできることはなかったと思います。突っ込んで「僕頑張りました!!」というアリバイタックルを見せれば批判は避けられたかもしれません(笑)どっちにしてもデブライネ選手を止められるタイミングは皆無でした。

数的不利の時点で、相手のミスを祈ることしかできなくなっていましたね。なぜそうなっていたのかは、「賭けに負けた」の一言に尽きると思います。

 

・パスは右に展開され、残りの守備陣は不利な対応を強いられる。

あの状況で2人で守るのは無理です。どういう選択をとっても、逆を突かれるのみです。GKとしても、ケアしなければならないことが多く、致命的な選択肢を切るのが精一杯です。ただ、こうした形で守備陣2人とGKが理不尽な形にさらされるのはザッケローニ監督期に散々ありました。いまだに克服されていない「日本らしさ」の一つですね。吉田選手や川島選手が理不尽に批判されることが多いのは、許容量を超える無理なタスクを尻ぬぐいさせられることが多いからです。会社員の皆様も自分のキャパシティを大幅に上回る仕事を吹っ掛けられたら信じられないミスの一つや二つはするのではないでしょうか。

 

こうした形でそもそも人材不足、指揮官が準備不足、極限状況で個人の頑張りのみで解決と日本らしいミスが積み重なれば、失点は必然であり歴史を繰り返したにすぎません。

 

 

私は、ワールドカップ前、「日本らしさ」は虚構であり、惨敗することになると予想しました。しかし、その予想は結果的に大きく外れました。

 

 

というのも、ハリルホジッチ監督の指示を半ば無視したウクライナ戦後の解任で、中心選手たちは、監督を追放してまででも「自分たちのサッカー」と心中して、自分たちの卒業公演を飾りたいのだろうとばかり思っていました。

※ここでの「自分たちのサッカー」は、自分たちがショートパスでボールを能動的に動かし、相手を疲弊させるサッカー。ケイスケホンダが2013年11月に監督とミーティングした際に理想として述べたことが『通訳日記』に記載されています。

 

つまり、当時の「自分たちのサッカー」は監督を追放してまでも彼らにとって追求する価値があり、敗北したとしても悔いのない、美しいものとして共通認識されていると思っていました。それだけの価値があると選手たちが考えていたのであれば、監督と根本の思想が合わないわけですから、解任は妥当だったわけです。

 

ところが、本大会で披露されたのは劣化ハリル式ともいえそうな、ロングボール主体で相手の守備陣形が整う前に仕留めるサッカーでした。ハリルホジッチ監督を追放してまでやるサッカーどころか、追放しないほうがむしろ完成度が高かったのでは?と言いたくなるようなサッカーでした。加えて、コロンビア戦のリードした時間帯、ポーランド戦の無失点の時間帯、そしてベルギー戦のリードした時間帯など、彼らがあれほど固執したはずのかつての「自分たちのサッカー」を披露できる機会はいくらでもありました。しかし、そんな時間は最後まで訪れることはありませんでした。

 

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そして、あれほど信奉してきたパスサッカーはどこへやら、「自分たちのサッカー」の中身さえいつの間にかケイスケホンダの中で変わっていました。ケイスケホンダの中で変化したということは、当然日本代表全体での変化を意味します。「ごもっともだが」と監督の指示を懐柔できるキャプテンはいても、選手主導の内紛を統率できるキャプテンはこの8年間ずっといませんでした。

ここが、最大の誤算です。想像以上に「自分たちのサッカー」への拘泥が弱かったこと、想像以上に監督への私怨が蓄積していただろうことが状況証拠として残っていることははっきり言って衝撃でした。確かにハリルホジッチ監督はやさしく教え諭す指導者ではなかったとは思いますが、指図されたくないという理由で私怨で監督を追放するまでに至るとは(2大会連続で監督と対立し、キャプテンが統率できず、一体感のないまま本大会に臨むこと)さすがに想像していませんでした。

平たく言えば、「高度な要求をされ、自分たちができないことを口うるさく偉そうに言う外国人が気に食わなかった」といえるだけの茶番を、誰も止められないままこの8年を浪費したということは、あまりに滑稽かつ残酷です。

 

そもそも目指してきたはずの「自分たちのサッカー」は、いつの間にか中身が反転し、どう目指してきて、どこまで達成したのかも曖昧です。言葉が同じまま、ゴールだけが流転して何のためにブラジルW杯で惨敗したのかもはやわかりません。

結局、「自分たちのサッカー」と言いつつも、内面に自信はなく、今度こそ結果が出なかったときの批判を怖がっていたのでしょう。結果のためならパスサッカーは簡単に捨てられるほど軽薄なものであり、捨てた結果豪運と博打で結果だけは得ました。

 

・ベスト8, ベスト4へ行く大チャンス(50年に一度の豪運)

・4年間の連綿とした積み上げ

・追求してきたはずの日本らしいパスサッカー

・我慢して学んできたはずの相手を見て弱点を突くサッカー

・日本という国の今後の方針

・若手の育成、本大会の稀有な経験

・4年に一度の進捗振り返り、反省

 

これらをすべてかなぐり捨てて、得た結果がベスト16と考えると、何とも無謀な賭けでした。準備期間が不足していた以上、挑戦が無謀となるのは必然でした。

 

その結果、結果以外のすべてを失いました。

探し求めてきた「日本らしさ」は、リスクを顧みない玉砕精神にあったというあまりにも空虚な経験値が残るのみです。そういう意味では、今大会実に日本らしいサッカーだったといえそうです。

 

何も残らないように拍車をかけるように、次への期待に必死に話題をそらす報道が出ていますね。ハリルホジッチ監督より体脂肪管理や選手個々人の管理に容赦のないクリンスマン監督を招聘してどうするつもりなのでしょう?

 

オールジャパンを貫く胆力も、「自分たちのサッカー」を貫き通す自信もなかったのでしょう。それが、今回の結果で正当化され、美しい歴史として語り継がれてしまいます。すでに歴史は修正されつつあります。本大会で結局11人の相手に一度も勝っていなくても、結果は結果です。

 

ただ、いざとなったら簡単に捨てられる自分たちのパスサッカーになぜあれほど拘泥したのかという問いの答えは、どうやら得られそうにないのが残念です。

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく、"ブームだった"の一言が案外日本人らしい答えなのかもしれません。

期待の褪せる天皇杯ー名古屋らしさの確立とはー

今年も名古屋グランパス天皇杯で早々に敗退しました。

もはや驚くことでもありませんね。ここ数年は地域の実直なクラブさんに食われるか、格上に順当に負けるかのどちらかばかりであったので、今年もその路線を追従しただけにすぎません。そして、攻撃的と評して1点しかとれていないのも既視感のある光景ですね。最後に5-0で勝ったのはいつの話ですかねぇ。風間氏が就任してから全試合5-0で勝てていません。小倉さんでも福岡さん相手に達成しているんですがねぇ。

 

勝ちあがった奈良クラブさんには心から敬意を表します。怖気づいてもおかしくない状況の中、PK戦までもつれ込み勝ち切るというのは簡単には完遂できるものではないでしょう。よく鍛錬なさっていて、チームとしての意思統一が明確であるからこその結果であるといえると思います。

 

その点、一方で敗北したクラブはどこへ進もうとしているのでしょうか?

懸念された守備は一向に改善されないまま、1試合ずつ時間は確実に浪費しています。クラブのトップが風間体制で行くことを宣言したのは存じ上げていますが、それで何か特別にギアが上がったとか、迷いが消えて守備の出足が早くなったとか、危機感に基づいて実際に反映された要素はまだありませんでした。勝者である奈良クラブさんに大変失礼な言い回しになってしまい申し訳ありませんが、J3以下に所属なさっているクラブを相手にして片鱗さえも実現できない理想を目指せるほど現状に余裕はありません。試行錯誤はせめて勝ち点35を獲得してから始めていただきたいものですね。そんな理想への道のりは挑戦とは呼ばないでしょう。

 

蛮勇や無謀という言葉のほうがお似合いです。

 

難解な現象をわかりやすく言語化してピッチに落とし込む能力が高い指導者らしいですが、今のところその片鱗は視認できませんね。ピッチに継続して現れないものは何とも判断のしようがありません。

 

いまだに強く信任している方は今度は何にすがるのでしょうか?また別の若い有望な選手にとっかえひっかえ惚れて夢現を過ごしますか?確かに若さや可能性に期待したくなる気持ちもわかりますが、次々に新星に惚れて騒いで数試合でまたスポットライトをずらす様は尻軽でしょう。

あるいは忍耐とばかりに5年待てばよくなりますか?あと3年8か月待てば優勝争い常連クラブに変貌するのでしょうか?

どうして川崎さんで起こったことと同じことが起こると信じられるのでしょうか?選手も現時点(2年目)の方針も違いますよ?川崎さんと全く同じ過程・同タイプの選手・同じコーチを揃えているのなら少しはあり得ますが、そんなことも当然ありません。もっと言えば、5年前と何も変化のないチーム作りをしている時点で指導者としての妥当性は問われるでしょうがね。この5年でサッカーは認知面・技術面・戦術面とあらゆる方面でさらに進化しています。停滞は衰退と同義です。

 

それとも優秀な選手が足らないせいでしょうか?もしJ1超級の選手を全ポジションに揃えたら確かに常勝軍団になるかもしれません。

 

 

しかしそれなら風間式の必要性は皆無ですよね?

「風間式をしなくても強いチームが風間式でも強い」ことで評価されるのなら、サポーターにとっては苦い記憶になっている新米小倉監督でも同じことが言えませんか?彼も結果的にはうまくいかなかったとはいえ若手の底上げには取り組んでいましたよ?むしろ保有戦力を考慮すれば小倉監督のほうが台所事情は厳しかったでしょう。彼にはシモビッチ選手はいましたが、ランゲラック選手もシャビエル選手もいませんでしたし、CBの質・層の薄さも今以上に深刻でした。当時在籍していた竹内選手も悪い選手ではありませんでしたが、彼が第一CBとしてフル稼働を強いられる状況では厳しかったでしょう。

加えて、全ポジションを補強するということは、現状の選手では能力不足であることを認めることに等しいです。風間式による若手の強化が魅力ではなかったのですか?新星に惚れて騒いだ挙句能力不足となじり、今の選手ではだめだと批判し、成長を待てないのですか?本当に尻軽ですね。

優秀な選手を自前で定義し、数年のサイクルで輩出できるように今取り組んでいるんですよね?その先鋒となりうる若手がうまくいっていないのなら、現状のアプローチが何か間違っているか、そもそもゴールがおかしいかのどちらかでしょう。都合のいい時だけ選手を未来を担うホープにしたりJ2並みとなじったりするのは卑怯の一言に尽きます。

 

まぁ現実的な問題を考えるとすれば、

・中央でタクトをふるう選手(いわゆるレジスタと評されるような、遠藤選手・中村憲剛選手のようなプレイヤー)

・守備時はスピードがあって理不尽に相手を止められて、攻撃時は中距離に展開できる最終ラインの選手(日本にはほぼいないが、強いて言えば調子のよい時の槙野選手)

このあたりのタイプのプレイヤーがいないことと、失ったボールを回収できないこと、ボールを失わないようデザインされていないことが数か月前と変わらぬ課題です。

個人的にはまずこのあたりの特性を持ったプレイヤーをユースから引き揚げつつ心臓部として大切に育てるのが先決(難しければ外注してモデルケースとして確保)だと思うのですが、特別指定されるのはいつも小柄なテクニシャンやドリブラーばかりです。彼らには彼らの良さがありますが、彼らが得意な場面を作れる「使う側の人間」がいません。使う側の人間なしでは、メッシ選手でも輝けません。

そうした心臓部を外注しないための風間氏招聘であり、若手の抜擢だと思っていたのですが、どうやら違うようですね。田口選手の移籍が相当誤算だったのでしょうか。だとしても、グロインペイン症候群を抱える選手の代わりを務められる選手というのは優先度が高いはずだと個人的には思っていたのですが、どうやら違うようですね。

 

悪い話ばかりしても気が滅入るので、今シーズンになって好転したことも考えます。

秋山選手のフィジカルがかなり強靱になり、相手に当たり負けしない強さを備えてきたように思います。深堀選手は公式戦でも自慢のスピードからゴールを決めるなど、自身が持つ長所へ自信を深めつつあります。新井選手は帰ってきました。今のところ怪我の再発もありません。松本選手も大けがから不死鳥のごとく甦り、まもなくピッチの上に力強く現れようとしています。ほんの一例であり、多くの選手たちが日々研鑽しできることを増やしています。

 

ここまで記述して気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、いずれも個人の頑張りです。個人が気づき、個人が成長し、前進しています。徹頭徹尾個人です。個人の成長ももちろん重要ですが、ボールを保持するためにフィジカルやスピードが役に立つのなら、チーム全体で推し進めたり、余地ある若手に勧めて対応力ある選手へと成長を促すことも重要でしょう。むしろそれが育成の意味だと思います。ある選手の成長パターンを蓄積させない限り、どこまでも個人のひらめきと頑張りにすぎません。良質な育成を再現できません。これでどうやってスタイルを確立するのでしょう。

 

名古屋らしさを確立するうえで、私は選手はほぼ揃っていると思います。クラブもここ一年の経営努力は称賛されてしかるべきでしょう。中には #川崎と比べると何もしていないに等しい とされる方もいらっしゃるらしいですがね。

しかし、負け続ける今の状況がさらに続けば、いずれ期待は色あせ、有望な選手は引き抜かれるでしょう。私はそうなってほしくはありません。

しかしながら、ベストメンバーを揃えて地域クラブにさえ殴り勝てない、守り抜けない惨状を目の当たりにして、希望を持てというほうが難しいでしょう。そんなスタイルを信じぬくといわれても、目標が間違ってないか?と疑いたくなるのは自然なことだと思います。

 

もしかしたら、偶然の化学反応こそが名古屋グランパスの将来を担うスタイルなんですかね?それならJFA代表にいい監督がいるのでご紹介しましょうか?

いつも試合のたびに「良かった」とおっしゃるポジティブな指導者ですよ。きっとよい化学反応が期待できそうですね!!    ※勝てるとは言ってない

 

2018.6.13 追記

2016年度から更新されたPKのルール適用違反によりPK戦のやり直しが確定しました。よって、敗退が確定ではなくなったため題を修正しました。

最悪な敗戦と名古屋グランパスというクラブの誇り

多くのサポーターの中でも、チームの残留としても、個人的にも天王山になると踏んでいた柏レイソルさんとの試合は、2-3で敗戦しました。

 

今日は何が何でも勝つべき試合ではありました。ですが、結果として敗北しました。それも、いつものように3失点してついに一試合二失点ペースに突入しました。

このことはもっと重く見たほうが良いと思います。野球なら優秀な数字でしょうが、サッカーでは弱小チームの典型的な数字です。何度でも書きますがJリーグ屈指のGKがいてこの数字です。

 

それゆえ、中断期間までに勝ち点10にさえ到達しない惨状です。本当ならクラブの方針を確定させられる試合にできるはずだったのですが、あらゆる不幸が邪魔しました。

 

第一に、判定に恵まれなかった点です。

和泉選手の一回目のシュートと、中村選手との接触が事後に発生したジョー選手の二回目のシュートがいずれもオフサイドとして判断され、結果的には2点を取り消された形になります。今日に関しては主審というよりは副審があまりにもお粗末でした。和泉選手のシュートについては、中村選手の視線を遮っていたかはともかく、直線状になる形で畑尾選手がオフサイドと判定されうる位置にいたのは事実です。副審からではどの程度遮ったかはわからず、フラッグアップをしたということなのでしょう。こちらに関してはまだ理解できます。判定を尊重できる範疇にあると考えられるからです。

加えて、そもそも名古屋が今J1にいるのは最後のプレーオフで判定に正直言えば恵まれたところもあるからです。10人審判がいらっしゃったら7人くらいは今回の和泉選手のゴールを認めていたでしょう。その時の因果が最悪の時期に最悪の形で巡ってきたと思えば私は理解できます。納得するのは難しいですがね。

一方、ジョー選手のシュートについてはそもそも副審の位置が正しくありません。試合終了直前という審判の方々にとってもしんどい時間ではありますが、最下位でホームで負けていて、副審の方のポジショニングミスでまた得点を取り消されて (玉田選手の正当な得点でさえも取り消されかけた)しまっては、さすがに不信感も募るでしょう。この件についてはクラブとして正式に抗議してもよいように思います。

ただ一つ気になるのは、昇格してから判定への不満を目にする機会が増えたことです。勝てないから判定に不満が出るようになるのか、判定が厳しくてそれを覆せず勝てないのか、それとも審判とコミュニケーションをとる佐藤選手がピッチ上にいないせいなのかはわかりかねます。もしコミュニケーションをとることで判定が好転するのであれば積極的に再現していくべきだとは思いますが、風間氏はきっとしないのでしょう。

(まぁそれで判定に恵まれるようであればそれはそれで人間としては妥当でも審判としてはどうなのかとは思ってしまいます。)

ルヴァンで見せた前線からの守備も選手個人の資質と気まぐれに基づくものであり、何の再現性もありはしないことが再認されましたからね。

 

第二に、日本代表でもある中村選手の怪我です。

本当に不幸としかいえない "事故" でした。中村選手が捕球体勢になったところにジョー選手が割り込んだわけではないので、ジョー選手に瑕疵はありません。むしろ、ジョー選手の回避が遅れていたら今度は中村選手の膝下がジョー選手の顔面に直撃し眼窩や鼻骨の骨折を引き起こした可能性もあります。勇敢な飛び出しではありましたが、時には無謀と紙一重になってしまうのは本当にゴールキーパーの難しいところではありますよね…。とにかく無事を祈るのみです。

それにより残り時間を勘案して試合をクローズさせた審判団の対応はルール上は正しいですし、妥当だとも思います。残った時間で何ができたとも思いません。引き分けで終わらなかった以外は正しいと思います。ただ、ルール上正しく妥当なものが、必ずしもサポーターの心情と一致しないのも、プレーオフの千葉戦で与えたPKで散々学びましたよね?勿論、自チームの選手には防ぎようもなかった相手選手の怪我でいつの間にか試合が終わっていて、総合的な審判団へのブーイングを中村選手へのブーイングだと勝手に読み違えられては怒りたくなるのも尤もです。怒りのぶつけどころがないのも本当に不幸としか言えませんが…。

 

第三に、上記の二つにより後味の悪さ、不快感がどうしてもこの試合の中心に据えられてしまうことです。この試合で何よりも重要だった勝ち点3を取ることができず、今後残留するうえでの方針確認も副審のミスと選手の怪我によって曖昧になってしまったことは、かなり痛恨だと思います。

何とか冷静に試合を振り返ると、

・相変わらず悪い時間に悪い失点をしすぎであること

・相手のよさを気持ちよく発揮させてしまっていること

の2点は本当に一切改善されていません。本日は玉田選手の煌めき偶然得点が取れましたが、上記の2点が改善されない限りこれからも3失点し続けることでしょう。その構造的な欠陥が中断明けも解決されていなかったら、いくら攻撃を磨き上げても徒労に終わると確信できます。いくら攻撃陣が優秀でも無策では毎試合4点も5点も簡単には取れません。

また、上記二つを個人の責任にしていては話が進みません。メンバーが変更されていても似たようなやられ方、信じられないような個人のミスが続くということは明らかに個人の責任の範疇を超えた何かがあると考えたほうが自然です。個人的には、ケアできる許容量を大きく超えた仕事量に頭と体がパンクするのが原因だと思いますね。仕事をなさっている方であれば、残業疲れの体に終わるはずのないほどの膨大な仕事を押し付けられたらどうなるかは想像に難くないのではないでしょうか。

柏さんとの試合は審判のせいにもできてしまう試合として不幸にも終わってしまいましたが、私個人としてはただ一人成長しないままついに中断期間に入ってしまったことはものすごく残念です。試合開始時から容赦なくジョー選手をシンプルに使い、蹂躙しに行くとともに可能な限りCBとアンカー間を遮断し、相手を窒息させに行くような姿を見たかったです。誰のせいにもせず、「私の授けたプランのせいで選手たちを守れなかった」と自戒する姿を見たかったです。そして、それを糧に次の試合で選手とともに成長して帰ってくるような「クラブ全体が前に進む」姿を見たかったです。

 

それでも、最下位かつ負けている状況で、理不尽な得点取り消しで抗議してもなんらおかしくない中、中村選手を心配して迅速な担架の呼び出しをしてくれたジョー選手・シャビエル選手・ランゲラック選手の姿勢は本当にクラブを代表する選手として嬉しい限りです。文字通り、ああいった姿が "誇り" なのでしょうね。名古屋のために帰ってきてくれた玉田選手が獅子奮迅の活躍を見せるなど勝ちさえすれば最高の日でしたが、何とも不幸な日でした。しかしながら、不幸だけで片付く3失点ではなかったことも受け入れるべきだと思います。

 

これでプレーオフの因果は漸く清算できたのでしょうか?いつか来る日とはいえ、本当に今日であってほしくはなかったですね…。

名古屋グランパスの未来を分ける試合再び

 昇格プレーオフから一年どころか半年たたずに、再び未来を決める試合が目の前に迫ってきました。

正直なところ捨て試合などなく、一試合一試合が未来へ繋がる重要な試合であることは確かですが、どうしても ターニングポイントというものは生じます。15連戦の締めくくりをどう終えるか、勝って終えるかで残留できるかは相当に変化します。

昇格プレーオフ並みに勝ちに行くべき試合だと断言できます。

 

週半ばのルヴァンカップで大勝を収め、最悪の雰囲気のまま柏さんとの試合に臨むことは避けられました。それ自体は間違いなくよいことであり、勝ちにより得られる自信は確実にあることでしょう。

ここまで沈黙を続けてきた攻撃陣が嘘のように4点を取り、児玉選手・深堀選手ら若い力が躍動したうえで反省点も見つかるという珠玉の出来でした。今シーズンのベストゲームと考える方もいらっしゃることでしょう。メンバーが変更されてもセットプレーが脅威となり結果が出たことは事実であり、素晴らしいの一言です。攻撃から守備へ切り替わる際の切り替えの早さ・チームとしての奪いどころの共有といったところも光明が見えるものでした。あれだけ迷いがなければチームとして強いのは道理です。

 

ただ、懸念となるのは、リーグ戦においてはいまだに何も勝ち取っていないことです。

ルヴァンで広島戦に勝利し、リーグの首位チームに勝利し、それで名古屋は何を得たでしょうか?そこで何かを得たのであれば、今頃内容も結果も伴わないような最下位に甘んじることはあり得ません。

 

また、その懸念を後押しするのがルヴァンでの快勝です。

実はこの試合でさえも能動的に相手を崩したわけではありません。

相手は奇しくも開幕戦と同様にガンバ大阪さんであり、極めて残酷な言い方をすれば「名古屋の勘違いを結果的に増長させたチーム」です。得点の内訳もセットプレーから3点、カウンターから1点(あと相手のミスから決定機2回ほど)であり、ボールを保持して能動的に崩すことを理想とするのであれば、まだまだ理想への道は果てしない状況です。理想に拘泥するには、まだ勝ち点も型も不足しているのが現状だと思います。

ただその一方で、最前線からの守備がはまったことで「ミスをさせた」ことによりセットプレーを量産できました。ボールは保持していませんが、能動的に相手を崩す形としては秩序あるプレッシングも解の一つとして妥当だと思います。そして、それはボールを保持する姿勢と一切矛盾しないものです。

よって、ルヴァンでの大勝で、「能動的な崩しは実現できたか?」という問いは、かなり解釈が分かれる考えどころになると思います。

 

加えて、次の相手が柏さんであることがその悩みに拍車をかけます。下平監督は結果的には解任となったものの、チームとしてのビルドアップの整備ができる監督であり、中山選手や手塚選手など個人でプレスを無効化できる選手もいらっしゃいます。となると、ルヴァン戦と同レベルの守備であっても後手に回ることも十分にあり得ます。また、選手の疲労も加味しなければなりません。たとえ全く同じメンバーを起用できたとしても、柏さん相手に再現できると見積もるのは個人的には甘い気がします。

その一方で、高さにはわかりやすい弱点を抱えており、ジョー選手に上質なクロスを送り込むことに意思統一できれば優位な試合展開になりそうなのも確かです。その分、最前線からの守備は期待できなくなりますから、チーム全体を押し下げられ、いつものリーグ戦の光景が広がる可能性もあります。

 

つまるところ、

ルヴァンでの選手たちのプレイに再現性はあるのか?

という疑問に個人的にはたどり着きます。

 

たまたまプランが嵌まったことによる偶然なのか?戦う前の準備ですでに勝っていた必然なのか?あるいは相手の自滅の恩恵を受けたのか? 様々な憶測が浮かびます。

 

希望を抱くのであれば奪いどころをついに決めたと思いたいですが、そうであれば監督やコーチが授けられるか・選手たちが自主的に決めたということになります。前者ならなぜ今まで放置したのかという疑問はぬぐえませんし、何よりBrazilian Storm にプランを徹底できればこれ以上厄介なチームはJリーグを見てもそうそうないはずです。後者なら風間氏を高額な契約金で雇用する理由がありません。守備は最低限構築できて攻撃はアイデア任せの量産型監督で十分です。今はどちらに近い状況なのでしょう。

 

本当ならば大量の情報をもとに判断したいところなのですが、すでに半分以上のチームに敗北してしまったせいで残念なことに1試合のみ、しかも相手は比較的守備が緩いと思われるルヴァンのガンバ大阪さんを相手にした特異なサンプルをもとに、柏さんとの大一番に臨まなくてはなりません。17チーム中9チームに負けているというのは本当に重いことです。

正直素人の私には再現性があるのかどうかはわかりません。監督なのか、コーチなのか、特定の選手に依存するものなのか、名古屋の11人が揃って実現したものなのか、あの22人が揃って実現したものなのかはわかりません。よって何を得るかよりも、何を捨てるかのほうが重要な試合になると思います。

個人的には、勝たなければならない状況で風間氏が何を捨てたのかが見える試合になると思います。そこで捨てたものによっては、代替監督のことを考えるまでもなく、解任へ踏み出すこともやむなしとなることでしょう。継続性以前の問題です。またJ2でやり直せばいいと思っているサポーターはさすがにいないでしょう。降格だけはなんとしても避けないといけません。

楢崎選手・玉田選手といったクラブのレジェンドを叩き落とし、名古屋のことを真に考えてくれている和泉選手をはじめとした若い選手に十字架を背負わせ、ゴールマウスを懸命に守るランゲラック選手の実績に泥を塗り、長谷川選手を「降格請負人」となじった無礼な他サポーターを見返すこともできず、Brazilian Stormの一試合ごとの執念を水泡に帰すような結末を迎えるなんてことはもうごめんです。今度こそ帰ってこれる保証はどこにもありません。

 

最後になりますが、私は現時点では風間氏を信任できません。

守破離」という言葉にあるように、物事を習得するうえでは型を模倣して順守することでまず身に着ける段階、習得したうえで自分自身のアレンジを加える段階、最後に型から離れ、真の意味で自分自身の形を持つ段階が考えられます。風間氏には守破離の離しかないという印象が今なお拭えません (※酸いも甘いも噛み締めたベテラン選手がプレーの幅を広げるにはよい指導者だと思います) ので、なおも「守」を授けられず選手のせいにして敗北を繰り返すのならば、そんな成長のない監督は勝つ執念に満ちた選手には相応しくありません。たとえ替えて悪化するとしても、勝たなければならない状況を自分で作っておいて、準備を尽くさぬまま理想に殉じる監督に任せるよりはましです。ここは個人差のある部分だと思います。それでもついていく人間も一定数いることでしょう。もし守破離を整え、自分の非を時に認め、相手をリスペクトして準備を進め、「観測外の技術」を見直してもなおも降格してしまったのであれば、私も間違いなくついていきます

 

もし柏さんとの試合を通して何らかのポジティブな変化がなければ、中断しても決して変わることはあり得ません。変わったとしても、他チームの成長度を上回ることは決してないでしょう。だからといって、「負けはしたけど内容はよかった」という言葉はもはや寝言になりかねない段階です。

 

J1でスタイルを手に入れるか、J2で燻る古豪となるか、J2でも古豪にさえなれないのか、その岐路はもう目前に広がっています。

 

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一人だけ成長していない人が名古屋グランパスにいる

J1に帰ってきた名古屋グランパスですが、現状過密日程の中無惨な状態です。

 

14試合を終えて得点はわずかに12、失点は27と降格するチームの典型のような数字を残しております。もし、現在のチームがけが人続出でスタメンを組むのも一苦労、あるいはGKに不運が重なって最後の砦を高卒新人に任せるしかないような状況であればまだ擁護もできますし、不幸を憂うことも可能でしょう。

しかし、現在チームのゴールマウスを守っているのはオーストラリア代表候補のランゲラック選手です。J1基準で考えてもトップクラスの実績を持つ選手ですし、間違いなく前評判にたがわぬプレイをほぼ毎試合見せています。ここ3試合で10点は防いでいるので、14試合で換算すればすでに30点は防いでいるでしょう。何とも笑えない話ですが、彼のおかげで27失点「で済んでいる」という状況です。彼がいても1試合2失点ペースという常人ならおかしいと気づくペースでの失点ですが、一向にチームに変化は見られません。

今まで夢にすがりたい方は「ホーシャ選手が帰ってくれば」「新井選手がいないからだ」「ジョー選手のコンディションが上がれば」「〇〇選手のシュートが入っていれば…」「若手に積極的にチャンスが与えられているから開花すれば…」と尊敬に値するレベルでポジティブな要素を見つけていらっしゃいました。本日まではわずかなポジティブ要素を砂漠で水を啜るかのごとく希望にすがっておりました。

 

しかしながら、本日ついに、昇格組として格上であるとはいえども、明らかなJ1仕様の金満補強をしたわけではなかった長崎さんを相手に、チームとしての完成度の差を完膚なきまでに見せつけられ、叩きつけられ惨敗しました。長崎さんには少し失礼な言い回しになってしまいますが、昨年度にJ2で負け越した相手ではありませんし、J1で首位を独走する強豪でもありません。良くも悪くもやるべきことをまじめに積み上げる堅実なチームです。それゆえ、圧倒的な個という理不尽に泣かされることも時にあり得ます。

J2で最後に戦った時から両チームの方針が劇的に変わったわけでも、選手が大きく入れ替わったわけでもありません。それゆえ、志向するサッカーをどの程度前進させたのかを試すうえでは絶好の機会だったといえるでしょう。同じ期間、同じ監督で同じ過密日程を過ごしてきて、ここまでの差をつけられたのです。ほぼベストメンバーが揃いながら、自慢の攻撃はいつものように発揮できないままにまたしても終わったのです。理不尽な個を攻守に持ちながらも無惨に敗北したのです。

 

ここまで14節を経て、いまだに崩しからの得点はゼロです。付け加えて言えば、「崩し切って押し込める人間があとは触るだけだった」「相手GKが理解不能なレベルで神がかりすぎていた」もほぼゼロです。逆の立場は散々ありましたが(笑) 特にマリノスサポーターの方は不平不満の一つも吐きたいところでしょう。

先ほど述べたように、今期になって急に志向するサッカーが変わったわけでもありません (e.g. 横浜Fマリノスさん) 。継続していてこのざまです。選手もようやく揃ってこの惨状です。チャンスすら作れていない状況ですから、何かしらうまくいっていないと考えるのが妥当でしょう。具体的には、

 

1. 相手との差がありすぎて、理想を実現しようがしまいが勝てない

2. 理想もアプローチも正しいが、浸透に時間がかかっており、今は途上である

3. 理想もアプローチも正しいが、日程のきつさや疲れのせいで実現できない

4. 理想は正しいが、そこに至るまでのアプローチがおかしい

5. 目指している理想がおかしい

 

このあたりの理由が個人的には考えられます。

まず、1については妥当ではないでしょう。ランゲラック選手・シャビエル選手はJ1でも反則級助っ人に近いレベルです。ジョー選手も移籍金に見合うかはともかく、攻撃が壊滅的な状況にもかかわらず3試合に1点は取っているペースです。物足りなくは感じますが外れ助っ人と決めつけるのは気の毒な状況といえるでしょう。彼らに相手の意識がどうしても集まることは想像に難くありませんし、単純な数字だけで効果を断言するのは難しいところがあります。

また、和泉選手や宮原選手・長谷川選手に小林選手といった面々が明らかにJ1レベルに劣るということはないでしょう。確かに選手層は決して厚くはありませんが、どうしようもないレベルで選手がみるみる剥がされて弄ばれるという試合はなかったように記憶しています。ルヴァンはともかく、リーグ戦でどうしようもない選手の質の差を感じたことはありませんでした。ここは個人差があるかもしれません。

 

2については、未来のことがわからない以上何とも言えません。しかしながら、浸透に時間がかかるとしても、こと現在地においては理想の実現可能性並びにアプローチの妥当性は低いとしか言えません。

なぜなら、

・試合ごとに良くなっているどころか悪くなっている

・あと一歩で決まるチャンスの創出など、理想の片鱗といえそうなものが一切見えない

・流れのチャンスに再現性がなく、選手のコンディションに大きく依存する

・川崎ですでに経験があるはずなのに、過程が短くなっていない

 

といった現象がみられるからです。

途上であるならば、毎試合右肩上がりで順風満帆とはいかなくても、

・あと一歩の惜しい場面が徐々に増える

・どうしようもない失点が減る

主体的に創れるチャンスが増加する(相手選手のファール増加・枠内シュート本数の増加など)

 

などの兆候は随所に見られるでしょう。本当にアプローチが妥当で理想の途上であるのならば、ゆっくりであっても見られるはずです。ところが、これも見られていないので懐疑的にならざるを得ません。加えて、もう一つ怪しくなる要因がまだ残っています。

「川崎さんで経験しているはずのルートで、どうして足踏みしているのか?」

という疑問です。風間氏を支持する方はたいてい根拠が川崎さんでの実績をもとにしています。つまり、実績を認めているわけです。確固たる実績を認めているわけですから、当然それはほかでも再現されるものとして考えられるべきです。加えて、一度作っているわけですから、2度目は短縮・効率化といった何らかの創意工夫は見られてしかるべきでしょう。1度目に5年かかり、2度目にも5年かかっていたら、サッカーの浸透としては遅すぎます。指導として優秀とはいいがたいでしょうし、億単位の指導者の仕事とは言えないでしょう。

「川崎さんでの実績は素晴らしいが、ほかでうまくいくかはわからない」ではただの偶然ですし、偶然であれば風間氏である必要性は皆無です。端的に言えば小倉氏でもよいわけです。ここまで名古屋専用のチューニングといえそうなものが試合を通してほとんど観測されていないことはその不信感に拍車をかけます。また、状況証拠として、練習でロンドのみを行っており、止める蹴るという技術に特化する一方、守備や失ったボールの回収、再現性のあるビルドアップや効果的なヘディングといった「観測外の技術」に未だに手を出さない点も気になる点です。

 

3についても同様です。今年のJリーグが過密日程になることはわかっていたことです。例年以上にターンオーバーや戦術の妥協が重要になる年であるというのは、素人である私でも予想の付く話です。プロの方々、サッカーでお金を稼ぐ方々がわからないはずがありません。ホーシャ選手の稼働率が現状予想よりも低いのかなとは考えられますが、新井選手が予想より早く復帰を果たしたり、菅原選手がある程度戦力として見積もれたり、櫛引選手がSBとして戦力計算できるようになったりと、マイナス要因ばかりとも言えません。どうしようもないという言葉で片づけるしかないほどの窮状ではないでしょう。

加えて、肉体同様に脳を酷使することも予想できた話です。刻一刻とピッチ上で変化する状況で、逐一最適解を考え続けることが負荷にならないはずがありません。まして回復期間も短く移動も激しいわけですから、可能な限り消耗を抑えるのが得策でしょう。

そのうえでとれる方略はいくつかありますが、戦術の単純化とチームの意思統一はわかりやすい手法のうちの一つでしょうね。逆に、準備なく無策で臨み、その場で選手にとにかく考えさせていたら間違いなくパンクするでしょう。そうした脳の縛りプレイに対する悲鳴が、緩慢なパスミスや信じられないリスク管理につながると考えます。そうした縛りプレイが選手に好影響を与えるのでしょうか?個人的にはただ自信を奪うだけだと思いますがね。

身体や頭が極限まで疲れると、どんな方でもとんでもない判断をしますよね?

 

4についてですが、個人的にはこれが一番妥当だと思います。主体的にボールを保持するサッカーを実現するには、選手にいらない負荷をかけすぎているのが現状だと思います。

きわめて個人的な考えですが、ボールを保持してゴールに迫るサッカーは、淡々と相手に2択を迫り続け、その都度逆を突く極めて自由度の低いサッカーだと思っています。自由とは正反対の規律に固められたサッカーともいえるでしょう。なぜなら、真にボールを保持することを追求するのならば、

・ボールを失ったときどこでどうやって誰が回収するか

・相手選手のうち誰を悩ませ、迷いをどう生んでそこを突くか

・創造した時間的・空間的余裕をどう活用するか

・最後にどこにパスを出し、誰が走りこむか

 

まで徹底的に決め、機械のごとく相手を押しつぶすまで繰り返す必要があるからです。徹底的に決めなければならない理由は、いちいち考えていたら90分どころか45分も持たないからです。簡単ですね。

それを実現するためには、練習でパターンを叩き込むとともに、90分間遂行し続けるためのコンディションも重要です。食事も限定され、脂肪の多い焼き肉などは論外でしょう。睡眠管理も重要になりますから、寝る時間や睡眠時の枕・スマートフォンの管理などまで手をつける必要があると個人的には思います。

ところが、コンディション面の徹底を含め、これを何一つ決めていないので、選手が無駄に疲れます。せっかく止めて蹴ったことで得た時間的・空間的な余裕も、次のパスコース探しや展開の予測で帳消しです。そもそも止めることに主眼を置きすぎて場所で先手を取れないこともあります。余裕を得て相手に迷いを生むための手段としてボールを止めるのであって、ボールを止めることが目的ではありません。スペースに走りこむことで空間を作ってもいいですし、ドリブルで作るのもよいでしょう。ターンや体の向きで作る方法もありますし、味方を利用するやり方だってあります。この辺りは選手の特性を加味してどこで優位を得るかは準備段階である程度決められるでしょう。

もちろん、すべて完璧にはいきませんし、相手のヤマが当たることもあります。準備段階の想像以上に相手が上手だったということもあるでしょう。そうすればボールは奪われます。これはゼロにはなりません。完璧はあり得ません。

そして奪われたら今度は走りながら奪い方を考えなければいけません。全力で戻りながら、ピッチ内での位置関係をその都度情報として取り入れて最善な場所を考えて動くという作業は、とてつもない負荷がかかります。素人は1分やってみるだけでも身体が鉛のように重くなるのではないでしょうか。加えて、個人が最適だと思った特攻も味方に害を与えます。余計に誰かの疲れを誘発します。事前の準備もなしで完璧にピッチ上で考えられるプレイヤーは世界を見渡しても一握りでしょう。

そんな一握りのニュータイプを目指す途中で多くの選手の才能が潰れるほうが先だと思いますね。捨てたはずの観測外の技術に苦杯をなめさせられる機会のほうが圧倒的に多いでしょう。

そもそも、観測外の技術って現在志向するサッカーとそんなに相反するものでしょうか?ボールを保持するためのリスク管理として必要なものではないのでしょうか?例えば、ヘディングを効果的にできることで相手に迷いは生まれませんか、守備から攻撃へ上手に転じられませんか?

 

そして、5については個人の好みです。個人的にはあまり好みではない理想ではありますが、正解は一つではないので何とも言えません。ただ、クラブがどんな手段を使ってでも実現したいのであれば支持はします。生半可な決意でやるのであればやめとけ、としか思いません。

 

長くなりましたが、要するに、「お粗末としか言えないミスに再現性がある」のは、根本的なコンセプトに誤りがあるか、実現のためのアプローチに誤りがあるか、選手に異常な負荷がかかりすぎてパフォーマンスが低減しているかのいずれかであるということです。ここ数試合一切予兆がないまま、突発的に起こったものであれば単なる不幸として片づけてもよいでしょう。しかしながら、繰り返し起きているにもかかわらず、一切修正がなされないのは、もはや指導に欠陥があるとしか言えません。それは監督かもしれませんし、フィジカルコーチかもしれませんし、メンタル管理かもしれません。もしかしたら全部かもしれません。

ただ、敗戦後の監督コメントを見る限り、変わろうとするクラブでたった一人だけ何一つ成長しない人間が浮かび上がります。

 

集中力の欠如。前半後半の立ち上がり、自ら相手にゴールを与えてしまった。あとは、そのあと立て直すだけの闘う気持ち。気持ちとはどういうことかと言えば前に向かう姿勢ですね、テクニックを含めもっともっと闘わなければいけなかった。

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精神論は戦う前のあらゆる準備を包括的にすべて尽くしたうえで最後に語るものです。

野球の監督が、「必ずストライクを取れ!もし負けたら俺の指示に従わなかったお前たちのせいだ!」とほざくのと変わりません。

 

現在の名古屋グランパスは、

・ビルドアップを構築できない

・選手が選択肢を複数保持できなるような状況を作れない

・相手に迷い、焦りを与えられていない

・多すぎる情報、厳しい疲労でむしろ味方が混乱している

・能動的な崩しを構築できない

・失ったボールを効率的に回収できない

・ゾーンを整備できない

・若手に自信を与えられない

・海外で評価されるような若手を実は育成できない (ガラパゴスプレイヤー)

 

※川崎さんで風間式の指導を受けた結果、海外で評価されて移籍したプレイヤーはおらず、大島選手も強度の高い国際試合ではフィジカルが追い付いていないため90分間は活躍できていない、事実移籍していない。

 

これらを繰り返して確立できるスタイルとは何なのでしょう。そこにクラブの未来はあるのでしょうか。そこに相手はいるのでしょうか。

私に限って言えば、海外をはじめとした他のクラブから魅力的だと思われるような選手がクラブ愛を語って残ってくれたり、「名古屋で成長できた」と新天地で活躍して語ってくれるからこそ応援が喜びになるのであって、引き取り手のない我儘ガラパゴスプレイヤーに内輪で騒がれても何の思いもわいてきません。

 

今、かなり絶望的な状況ではありますが、ベンチ外の日々が続く楢崎選手からピッチで戦っているレギュラー選手、できるだけ貢献しようとしてくれる特別指定の選手など、選手は不格好なりにも適応しようとしていますし、執念も感じます。押谷選手の空回りに辟易としてしまうことも時にはありますが…。

クラブも、一度J2へ落ちたことで様々な取り組みに力を入れており、本気で変えようとしていることはわかります。自分自身もトヨスポに足を運ぶようになったり、以前より選手を身近に感じるようになりました。

 

そんな中、未だに変わろうとしない人がいることが本当に気に食わないです。

 

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日本らしさ、自分たちのサッカーという虚構

唐突な書き出しになりますが、自分たちのサッカーとは何なのでしょう。

日本らしいサッカーとは何なのでしょう。

 

いまだに、このような曖昧模糊な言葉について、公的な定義は与えられていません。

ゆえに、どの程度定義を満たしたのか、あるサッカーがどの程度理想とされる日本らしさに漸近しているのかはわかりません。そもそもピッチ上においてどういった現象がみられることが日本らしさなのかは全く検証されていません。

よって、ゴールや目標、理想とされる形がないのでできるわけがありません。

 

4年前のワールドカップで、最終試合に監督に離反する形で「自分たちのサッカー」を行ったことは記憶に新しいと思います。そして、玉砕上等のコロンビア戦で、2軍の相手に文字通り玉砕しました。万が一もう一度やれば勝てるとか、紙一重の差であったとか、十分に南米相手にも撃ち合えたといった希望ある敗北ではなく、屈辱と圧倒的な実力差に打ちひしがれたのが前回大会の経験だと私は思っております。見ていた側としても絶望したくなるほどの敗北でしたから、当時ピッチに立っていた選手としては、正直なところ思い出したくないレベルのトラウマか、二度と忘れられないほどの屈辱として間違いなく刻まれたものと思っていました。

もしあのコロンビア戦で、「自分たちのサッカーは間違っていない!」という感触を得たのであれば、イライラを通り越しておぞましいです。どこに希望を抱く要素があったのかさっぱりわかりません。

 

そうした屈辱的な敗北を糧に、日本サッカーが強くなるために進む道は二つあったと思います。

一つは、ボールを保持するうえで何が足りなかったのかを突き詰め、そのための人材を一から育成し、ボールを保持するための道を邁進するルートです。つまり、何年かかってもよいので、ボールを保持することを日本らしさの前提としてその道を極めるということです。

例えば、広域を守れて、あらゆるシュートに対応できる強さと柔軟さを持ったGK・運ぶドリブルや中長距離のパスを両足で展開できて遜色なく守れる強靱なCB・相手のプレスを回避するために臨機応変な位置取りとドリブルができて速いパスを迷いなく通せるSB・中盤の空きスペースを管理しながらターン・ドリブル・囮の動きで味方を助けられるMF・狭いエリアで躍動するのみならず、強いシュートも打てるMF・相手を理不尽にえぐりつつ利他的でスピードのあるドリブラーに、強靱な相手を弾き飛ばせる力と繊細さを両立したFWなど、全ポジションが技術の上でも頭脳の上でも不足しています。特にひどいのは守備陣全般でしょうね。

それでも、現実を理解し、ボール保持を極める方向に舵を取ると決めたのであれば、個人的にはまだ理解できます。結果この道には進みませんでしたがね。

 

4年前の日本が選んだのは、自分たちが中二病を患った青二才だと理解し、海外の先進的な教えを学ぶこと、ひいては今までやらなかったサッカーを4年間してみることで「日本人らしさ」を中身を追求する方向でした。

実はまだこの時点では相手の良さを消すサッカーを試したことしたはなく、「ボールを保持するのが日本人らしさに決まっている」とほざいていたわけです。本当にただの中二病ですね。

よって、今回のロシアの結果次第では、やはり日本にはボール保持しかないという展開になる可能性もありえたわけです。その段階で決定したほうがむしろ正常です。ボール保持以外を試してみたけれど今一つうまくいかなかったということも、世界に追い付くには必要な失敗ですからね。

しかし、今回の相手の良さを消す試みも、よかったのかが明かされることなく終わりを迎えました。これでボール保持しかないと説明できるわけがありません。選手が納得しなかったなど何の言い訳にもなりません。

また4年間を日本サッカーはドブに捨てました。主要な大会での攻守のかみ合わない内紛はもはや5度目です。内紛こそが「日本らしさ」だったという何とも笑えない形で日本らしさをまざまざと証明しました。

 

書きなぐりのような形になってしまい申し訳ありませんが最後に一つだけ。

自信を持つことはよいことだと思います。ただ、殊にボール保持に基づく自分たちのサッカーを支える成功体験とはいつの何なのでしょうか。ザック期のフランス戦・アルゼンチン戦はそもそもボールを保持していませんし、コンフェデは惨敗しています。本大会もしかりです。親善試合こそ片鱗は見せましたが、守備陣に押し付けられた尻ぬぐいは最後までいびつな形で残り続けました。

いつ成功したのでしょうか。いついけるという確信を得たのでしょうか。

 

そんなターニングポイントがないのに、原点といわんばかりにひたすらに何度も虚構に回帰しようとするこの姿は、本当に恐怖です。何がここまで選手たちを自分たちのサッカーへ駆り立てるのでしょうか。

 

 

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