炭火生存日記

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スマートフォンに劣る親子関係を作るのは間違いなく親

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こんにちは。火力不足です。

 

南カリフォルニア大(米国)の研究により、日米の親子によるスマートフォンへの意識調査が発表されました。

 

南カリフォルニア大(米国)は25日までに、日米の親子を対象にしたスマートフォンなどのモバイル端末の使用に関する調査結果を発表した。子どもが新たなスキルを習得するのに役立つと考える親の割合は米国の88%に対し日本は25%にとどまると分析、モバイル端末の有用性などを巡る両国の意識の違いが浮き彫りになった。 米国の調査を担当したNPO「コモン・センス・メディア」のジェームズ・ステイヤー代表は「米国では、21世紀を生き抜く上で科学技術の知識を活用する能力が不可欠だと親たちが認識している」と解説。同様の意識は日本でも高まるだろうと指摘した。

 子どもが端末に依存していると感じている親の割合は日本で61%、米国で59%と同水準で、自身が依存していると感じている子どもの割合も日本で45%、米国で50%と大差はなかった。

 「端末の使用に関し毎日言い争いをするか」との問いでは、「する」と答えた日本の親の割合が19%と米国の36%より低かったのに対し、モバイル端末が親子関係を阻害したと感じている親は日本で23%と、米国の15%を上回った。

 

しかるべき研究機関による調査ということで、論文は見つけられなかったもののある程度の人数・層に対し適切な手法をもって調査を行ったと考えられます。大学の調査でいい加減なものだしたら予算下げられてもおかしくありませんからね。

その結果、日米の親で端末(スマートフォン)について様々な意識が見られ、ところによっては極端な数値差も見られました。やはり国外と比較することで見えてくることもあります。

 

本日は、調査における日米の数値差から、気になった点について記述することを目的とします。

 

 

 

目次

・有用性が低い

・依存するのは間違いなく親

・言い争いと関係阻害の矛盾

・まとめ

 

・有用性が低い

アメリカの親子と比べ顕著に差があるのが、スマートフォンに有用性を感じているかという項目で、日本だと子供が新たなスキルを習得するのに役に立つと考えている親の割合は25%にとどまっています。一方アメリカの親だと88%です。日本の親は4人中3人がスキル習得に役に立たないと考えているということですね。

ここまで顕著な数字の差が生まれる理由はただ一つでしょう。「親がスマートフォンを自身のスキル向上に使っているか」に尽きると思います。親がスマートフォンを便利な遊び道具としてしか認識していなければ、子供がスマートフォンをスキルの向上に役立てることはまずないでしょう。子供にとっても便利な遊び道具どまりです。家の外でよほど恵まれた出会いをしない限り変化は難しいでしょうし、そんな恵まれた出会いができる子どもは多数派にはなりえません。

つまり、親がスキルアップに使っていないから、もっと言えば親が勉強をしないから子供にとってもただの遊び道具になると考えているのだと思います。

 

・依存するのは間違いなく親

この記事には「親がどの程度端末に依存しているか」の数値はありません。しかしながら、子供が端末に依存していると感じている親は、間違いなく自身も端末に依存しているか、端末に対して無関心であるかのどちらかと断言できます。なぜなら、子どもがなぜ依存しているのかを理解しようとしていないからです。その無理解が会話不足を呼び、会話不足は依存を呼びます。

もし自身が端末に依存していれば、子供の端末依存をやめさせるにあたって、「大人は自分を制御できるからいい」といった趣旨のダブルスタンダードをかまして子供からの信用を失墜させますし、お互い依存しているから放任というのも更なる依存を呼びます。

例えば、食事中やレジャー中に、ちょっとした空き時間で自分と話す選択肢もある中での「スマホいじり」は、「あなたなんかと話すより画面の中の方が楽しい」という暗黙のメッセージを突き付けることになります。赤ん坊相手に電車でスマートフォンをいじっている親も最近は見かけますね。スマートフォンなんて捨ててすべてを子供に捧げろとは思いませんが、時と場合は選ばないと自分が気づいたらスマートフォン以下の親になっている可能性があります。子供にスマートフォンを与えて遊びを放置している親も同様ですね。

親の端末依存無くして、子供の依存はまずありません。例外は子供がスマートフォンに依存していることも気にならない位の機械音痴ネグレクト親くらいではないですかね。

 

・言い争いと関係阻害の矛盾

今回の調査によると、日本の親子は端末に関しての言い争いをしないわりに、親子関係は端末に阻害されていると考えているようです。

こうした形になるのは少し妙で、端末に阻害されていると感じているのであれば言い争いに発展する方が自然です。端末に劣るような教育しかできていないと自認したい人間なんてまずいないでしょう。言い争いの中身にもよりますが、おそらく「どの程度使用するか、どういった用途で利用するか」といったリテラシーの部分のかみ合わせを行えば、大抵は関係が阻害されないような利用に至るはずです。それでも守られないなら普段の親側の勉強や傾聴力が明らかに足りておらず、子供にそこを見抜かれているのでしょう。

つまり、アメリカの親子と比較した相対的なものではありますが、日本における親子では、親が子供を尊重してルールを決められず、便利な端末を一見使っているようで端末にむしろ使われているというのが妥当な表現であるように思います。

はっきり言って放任された子供が持つには端末は危険すぎるものですし、使わせるとしたら必ずリテラシーを子供と考えながら利用しなければなりません。子供にリテラシーを押し付けるのではなく、一緒に考えなければなりません。子供を抱っこしながらスマートフォンを見るような親が説得力を持って子供に依存の話はできません。

 

・まとめ

スマートフォンの話についてもいじめと同様、大人がするからこそ子供もします。公の場で子供といるのに画面に夢中になっている大人を見るたび、いつか子供に同じことを返されるのだろうなと強く思います。親が子供と向き合う時間を面倒に思い、スマートフォンを好きに与えたが最後、子供も親と向き合う時間を面倒に思い画面と向き合うものです。個人的には厭なもので、自分自身端末を扱うときは必ず一言断りますし、相手の目の前で暇とばかりにいじるのは論外ですね。自分の目の前でいじられたくなければ自分だって人の目の前でいじったらダメでしょう。鏡のように自身の行いは戻ってきます。

 

9/29追記

日本の子どもの2割「親は自分よりスマホ」 米大調査 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

案の定少なくない親がスマートフォンによるネグレクトを行っていると感じている子供が約20%もいます。親がするから子供もするわけですね。

 

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