炭火のような生き方

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甲子園ならぬ「教師園」を見てみたい

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こんにちは。火力不足です。

 

先日、教育が追いついていないという考えをまとめて記事にしましたが、その責任は教師には問えないと思います。なぜなら、教師という職種は、正当な報酬がないまま理不尽を押し付けられる代表的な職種のうちの一つであり、教える側にも過度な負担がかかっているからです。そんな自分に余裕のない状態で、生徒に大幅な良い影響を与える方が難しいでしょう。それでも与えるのがプロの教師であり、私生活を犠牲にしてでも尽くすべきと考える方はもう話が合わないのでブラウザバック推奨です。

 

参考記事 

karyokuhusoku.hatenablog.com

 

 

こうした現状を解決するには、報酬を上げるか負担を減らすのが単純かつ効果的ではあると思いますが、個人的にはもう一つ見落としがあると考えます。教師には名声が不足しているのではないでしょうか。金銭などの形のある報酬が出せない場合、形のない名誉で報酬を出すというやり方は古来からありましたが、その点でも教師においては不足があると考えます。

 

したがって、そうした問題を改善するにあたって、個人的には今開催されている甲子園ならぬ「教師園」を開催してほしいという思いがあります。

 

以下、「教師園」を仮定し、そのメリットとデメリットを記述することを目的とします。

 

 

目次

・「教師園」とは?

・メリット

・デメリット

・まとめ

 

・「教師園」とは?

日本で最も教え方の上手な教師を決定する祭典です。主要五教科すべてで開催してほしいですが、浸透や大会の運営向上を考慮すれば最初は一科目のみにとどめ、徐々に裾野を広げていくのもよいでしょう。レジ打ちや接客などの全国大会もありますし、教え方という視点で大会を開催するのはありだと思います。というかやってほしいです。

都道府県単位で予選を行い、東京・大阪・愛知など大都市圏を除いて原則一都道府県につき一人の代表が選択されれば、全国50人超の代表がそろいます。その50人超の代表が一堂に会し、限られた時間で決まったテーマの授業を披露し、最優秀教師を決めるという祭典です。わかりやすい、面白いと思った教師に一般人が投票したり、様々な知識層の著名人に採点を任せたり、採点方法は多岐にわたります。会場は熱中症への配慮を万全にしたホールで行うのがよいでしょう。メディアを使った配信もアリですね。

 

・メリット

1. 「良い教え方」の指標ができること

2. 日本全体で関心を持てるコンテンツになりうること

3. 教師の名誉が増加すること

の3つが考えられます。

 

現状の教師の負担は勿論放課後など授業外の時間も大きく影響していますが、教え方の方法論が確立されていないことが最も大きな問題だといえます。つまり、毎年変化するカリキュラムに対し、全国津々浦々の教師が同じ内容について個々で授業手法を考え、試行錯誤しているのが膨大な無駄であると考えます。また、教師とはいえ教え方の上手さも千差万別です。声の高さからボディランゲージの使用、抽象的な内容を言語化する能力に生徒のわからない点を浮かび上がらせるコミュニケーション技術など、それぞれに秀でている点はあるでしょうが、肝心の教え方によって成績の差が出るのは良い学習を受ける生徒の権利を奪っています。

よって、教え方の上手な教師を国単位や県単位で選抜し、その講義映像を流しつつ、適宜マニュアルに沿って補足する授業スタイルをとった方がよいと考えます。教師が一から授業を構築する必要もあるませんし、いざというときには先生の代替もできます。勿論、全国の生徒からのクリティカルな質問は吸い上げ、改善の材料とします。相性もどうしてもありますから、一つの内容について数人の講義映像があると理想的ですね。何より、良い教え方について、具体的に形になったものを知ることができるのが効果的です。

こうした形で教師の負担を減らす為の、「良い教え方」が具体的にどういうものであるかがある程度示されることに、教師園は大きく寄与できると考えます。

 

また、甲子園やサッカーの高校生選手権などで見られるように、興味は薄くても何となく地元の学校を応援したくなるという動機は少なからずあると考えます。どの程度の規模でどの程度の持ち時間でどういった採点形式で行うかといった詳細を詰める必要性は当然ありますが、こうした各都道府県の代表を決めて、競うという形は世間の注目を集めやすいでしょう。スポーツではこうした形での競争はありますが、知的な分野におけるものは不足しているように思えますね。民放を含めれば一時期の高校生クイズが近いでしょうか。

そして、教師園をきっかけに、日本で教え方を吟味する風土が広がれば喜ばしいことです。動画などの媒体により、物理的に知れなかった面白い授業に出会える可能性も上がります。

 

そして、名誉こそが絶対になってしまってはいけませんが、広く認められる教師が必ず全国のどこかに登場することになります。優勝まで行かなくとも、全国クラスの教え方を有した教師が選抜されるわけです。大会を繰り返すことで教え方をより洗練させていくことは可能でしょう。教えるという結果の出にくい行為にわかりやすく名誉を付与でき、切磋琢磨を推進できるのは大きいでしょう。それに伴い、学校の知名度向上にもつながります。

 

しかしながら、もちろんメリットだけではありません。

 

・デメリット

1. 採点方法があいまいになる

2. 教師間での格差が拡大する

3. 学校のパワーバランスが崩れる

の3つが考えられます。

 

まず、教え方に確定した点数はつけられません。面白さ、テンポ、わかりやすさ、自分に合うかといった様々な要素が自分にとっての教え方の点数を決めます。現状大会があるものに例えると演劇や合唱が近いと思います。何となく素人とは違うといううまさはわかるけれど、万人が納得する順位付けは難しいわけです。

こうした性質に伴い、権力による偏りや不正の温床になる可能性があります。つまり、生徒の学習に役に立つのではなく、大人のお金に役に立つ陳腐なコンテンツにさせられてしまう危険性があります。生徒が採点できるのが最も良いでしょうが、公平性が必ずしも担保されない点や、評価基準や人数などの要素を考慮するとベストな採点方法は現状わかりかねます。

 

また、教師園に出られるような教え方のうまい教師と、下手な教師との格差が広がる可能性があります。教えることは確かに重要ですが、授業テクニックに長けた先生だけでは学校は回っていきません。教え方至上主義が蔓延してしまうことは良い傾向とは言えないでしょう。教師間で健全な競争が起これば理想ではありますが、そうはうまくいかず、学校内でよどんだ環境を生み出してしまう可能性があります。

また、上記の個人間での格差も関係しますが、親側も、不必要に子供を「優秀な先生」の元に入学させたがる学校格差も起こりえます。私立がよい先生をかき集めて露骨に勝ちに行く、という甲子園と似た現象も起こってしまうかもしれません。また、教師園で勝ち上がるために日常の授業がかえっておろそかになってしまう本末転倒な現象も起こってしまうかもしれません。

 

そうした本末転倒な事態を防ぐためにも、優秀な授業を動画として配信することは行うべきでしょうし、あくまで全国の教えるレベルを向上させるための取り組みとして終始運営する必要があります。

 

・まとめ

簡単に思考実験をしてみたものの、多くの人間の動きを考えると、教師園の実現は残念ながら現状不可能なように思えます。しかしながら、良い教え方に触れることで、一人でも多くの生徒が嫌いだと思っていた分野を好きになれるような、「教え方を選べる権利」を行使するためのシステムは現状遅れすぎているでしょう。そのあたりは民間の塾や資格学校の方が進んでいますね。