炭火生存日記

しぶとく生きるためのブログ

今年も廻った因果

とにかくほっとしました。

一夜明けてようやく残留が確定したことを再認させられます。

 

何もかもが2016年の降格を思い起こさせる舞台が揃っておりました。

そして、前半は全てをコピーしたかのような展開でした。

風間氏のコメントを引用すれば、「いつも通り戦う」との言葉通り、選手個人が頑張っていました。コメント通りの試合をしていたと思います。

 

そこからの筋書きが違っていました。名古屋が他力にすがるしかない状況であったことに変わりはありませんでしたが、他力にすがる権利を得たのもジョー選手の眩い煌めきと、後半早々の湘南さんの立て続けのシュートミスがあってこそです。最後の劇的な終演は名古屋以上に因果を溜めて自滅した某監督のおかげでしかありません。報いを受けるべき立場は、名古屋以上にふさわしい演者がいたわけです。

自分たちができることをしたからこそ転がり込んだ運といえる一方で、他力本願に陥った反省はなされる必要があるでしょう。

 

それでも、とにかく頑張り続けてくださった選手の皆様・今年一年営業を広げ観客増員や広報などを務めあげてくださった営業の方をはじめとするスタッフの皆様・チームに合う選手を説得し、数多くの頼れる選手たちを連れてきてくださった強化部の皆様には感謝しかありません。何よりもJ1に残ることが重要でした。

 

J1リーグのみの公式戦で34戦ありますから、よい時、うまくいかないとき、運よく何とかなるとき、運悪く勢いを失うとき、色々あることでしょう。時には他力に頼りたいときもあります。

しかしながら、今日にしても、今までにしても、相手の対策込みで自分たち主導で狙い通りに試合を進められたことは何度あったでしょうか。むろん容易なことではありませんし、たった数試合の積み重ねで90分間完璧にできることはあり得ません。

だとしても、徐々に片鱗が見えたり、選手同士の意思が統一される場面が増えたり、順調に進歩しているのであれば見えてしかるべき場面はあるはずです。それが能動的にできる場面が少しずつ増えれば、間違いなく進歩といえるでしょう。そうした時間が90分の内数分からだんだん増えていき、様々な相手に対して駆け引きできるようになるのが進化であり指導者の志向の深化ともいえます。

あるいは、関われる役者が増えてきても進歩といえそうです。ある選手しかできなかったことが別の選手にもできるようになったとか、競争が激化し、助っ人外国人を温存したり切り札として交代起用できるようになったとか、ユースからの期待の生え抜きが試合に少しずつ絡めるようになったとかがあれば、それはそれで育成の成功といえそうです。勿論降格しないことが前提にはありますが…。

 

そんな垂涎ものの甘美な場面が披露されたのは、

・相手が情報不測の時(そもそも対策できなかった時)→連勝

・相手が虚無の時(そもそも対策されなかった時)→柏さん・セレッソさんなど

・先制されたりしてなりふり構えなくなった時→後半に負けているとき

・相手が疲れて守りに入って積極的には奪いに来なくなった時

のいずれかで、能動的に披露された場面は一度きり見られなかったと思います。

全試合5-0で勝つと就任時に宣言しておりましたが、2シーズン経過してそれは一度でも達成されたでしょうか。小倉監督期には福岡さん相手に達成してましたね。

 

主導権を握る必要のあるサッカーで、今シーズンの最後まで相手の変化によって受動的にしかギアを上げられなかったことは、個人的には結構不安要素として来期以降にも残ります。狙いをもって90分勝負で相手を振り回していれば能動的ともいえそうですが、相手を振り回そうとして自陣でとったリスクの収支はここ2シーズンに限ればマイナスだったと思います。

来年はきっと風間サッカーが浸透してJ1で旋風を起こす?

それは去年既に聞いた気がします。「必ず成功する雨ごい」と同じですね。  

 

今日にしても、負けられなかったプレーオフにしても、判定にこれで3度助けられた形になります。プレーオフ千葉戦の一点目・プレーオフ決勝福岡戦のウェリントン選手の幻のヘディング・そして今日のジョー選手の一点目のPKと、他チームを応援される方には有利と思われても仕方ないくらいきわどいものによって、紙一重でJ1に残りました。 間違いなく運には恵まれています。 

 

来季の体制がどういった形になるのかはわかりませんが、風間氏を信奉するイエスマンしかいない状況になるのは色々な意味で避けていただきたいところです。

 

気持ちのみに頼ったり、一つのサッカーに染まるだけではJ1で勝つのは難しくなってきました。風間氏がどうという話ではなく、誰が監督であってもそれは例外ではないだけにすぎません。特に、今期は降格がちらつく王道の原因は名古屋に限ればほとんどありませんでした。

例えば長崎さんであれば、多くの昇格チームが経験する堅守が通用しなくなる問題と、得点力の不足というある種王道のパターンに健闘しつつも最後まで嵌まってしまったと感じました。柏さんはACL過密日程によるコンディション低下と正GKの長期離脱、不振の時期に無思慮の監督解任をするという降格のモデルケースのような不幸が重なったパターンですし、結果的にプレーオフ行きとなった磐田さんも主力助っ人が軒並み長期離脱し、前年度の好調を支えたセットプレーも不発なわりに監督の上積みが乏しかったということでしょう。

一方、名古屋は終わってみれば誤算らしい誤算はホーシャ選手の長期離脱と宮原選手の負傷くらいでしょう。ホーシャ選手のコンディション問題は獲得時にも懸念されていた話ですが、セットプレーから大事な得点を決めるなど貢献に乏しかったとは思えません。まだ名古屋のユニフォームに袖を通してほしい選手です。宮原選手の件については怒りもわきますがシーズン中に誰も負傷させられることなく終わることのほうが珍しいと思います。腹立たしい話ですがこれも残念ながらサッカーの一部です。

 

ジョー選手は堂々の得点王として価値を示しましたし、ランゲラック選手なしでは間違いなく降格していました。シャビエル選手は個人的に10ゴール10アシスト位期待していたので少し残念でしたが、相当の重圧を背負いながら万全ではないコンディションで戦い続けてくださったことには本当に言葉がありません。失敗すると降格がちらつきやすい「助っ人外国人」において今季失敗があったとはとてもとても言えないでしょう。

かといって、ACLを兼ねていた過密日程でもなく、監督が新米で戦術の浸透が遅くなったわけでもありません。主力が軒並み負傷する不幸にも直面していません。降格した2016年のように明らかに守備陣が質量ともに不足しているわけでもありませんでした。(ちなみに今季補強に出遅れたのは自動昇格できなかったから) 現実的な予想をしていた方はいらっしゃっても、目に見えて不安を主張していた方はほとんどいらっしゃらなかった覚えがあります。事実私もランゲラック選手で何とかなると思っていた時期がありました。

 

今季低迷してしまったのは仕方ないといえる要因はほとんどない気はしますが、そこは詳細に検証されてしかるべきでしょう。もしかしたら重大な要因があったのかもしれません。

また、若手のブレイクについても、役者が前半戦と後半戦で変わってしまった以上、昨季をなぞったかのような成果しか得られませんでした。昨季後半からブレイクした青木選手の枠が今季は前田選手であり、シーズン通しての活躍となると未知数なままです。昨年度からずっと薄かったボランチの層は今期も薄いままです。開幕からスタメンで起用された菅原選手は大型補強後出番はなく、飛躍のシーズンにはなりませんでした。

これを「昇格組だからしょうがない」と割り切るのか、「昇格組と呼ぶにはアンフェアな陣容だった」とするのかは見る方によって変わるでしょう。

 

選手はこれ以上ないくらい毎試合頑張ってくださっていました。ただ、規律に守られず闇雲に走り疲弊しピッチに倒れる選手たちを見て、「頑張ってた」の一言ではとても済ませられません。済ませたくもありません。

頑張りの先に何があるのでしょうか。ほかのクラブだって頑張らないわけがありません。自クラブだけとてつもなく頑張っていると根拠もなく言うのは傲慢です。

だからこそ、今回の薄氷の残留を教訓に来季への準備を進めてほしいと心から願います。準備をするのはクラブだけではありませんがね。 

 

一方で、他の方がおっしゃっていた通り、今回の残留が単なる美談として飾られてしまうのが最も恐ろしいですね。確かに、美談にしたいような形容しがたい雰囲気ではありましたが、それは優勝した時の土産話に仕舞っておきたいところです。

 

 

どうなったことが革命なのか

2年前にもがき、1年前に苦しんだこの季節が今年もまたやってきました。

 

夏場の勢いはすっかり消え果て、他クラブより数試合多く残していた心理的優位性は蒸発し、過密日程のしんどさばかりが募る肌寒い時期が訪れております。 

 

役者を替えども買えども、昨年度と同じ道を通っています。

未だに来季の所属カテゴリーを確定させていない以上、今シーズンオフの移籍市場も少なからず出遅れることになるでしょう。今季前半に苦しんだ理由として挙げた方もいらっしゃいましたが、誠に遺憾ながら来期にも足枷が残ってしまいそうです。

 

そして、いよいよ佳境を迎え、風間氏を信奉するのが難しい人々が胸に抱えていた疑問の内の一つの答えを垣間見れる日がやってきました。

 

「判断力・ボール扱いといった個人の総合的な能力を高めることで優位を得ようとする風間サッカーは、質で優位が得られない相手にぶつかった時どうなるのか?」

 

勿論、今までも「質による優位が得られないときに大丈夫なのか?」という疑念はピンチのたびにありつつ、最後は圧倒的な外国人選手の煌めきが幾度となく名古屋を救ってきました。あるいは、救われずに勝ち点を落とした試合も十数試合ありました。

それでも、神戸さんほど質の優位性について迫られるクラブはいませんでした。

 

なぜなら、名古屋が質の優位性を迫る側だったからです。そしてそれは横浜さんとの試合や、ガンバさんとの試合で自分たちが笑う側として散々今シーズン体験してきました。

 

そして蓋を開ければ、「質で優位を得られないときどうするか?」はまったく準備されていないことが明示されました。もっとも、これに関しては身内のレジェンド人事も絡んでより根深いクラブもあるのですが…

 

 

話を戻します。加えて、ボールを保持するためにどうするか?を練ってきたチームとそうでないチームとの差が浮き彫りになった試合でもありました。日程の差によるコンディションの影響もゼロではなかったでしょうが、主因は準備の差だったように思います。

これが大きな挑戦の過程で必然的にある失敗というのなら、さすがに同じ過ちを繰り返しすぎて停滞しているように思います。蛮勇という言葉のほうが今は適切ですね。

 

ボールを持つことを選ぶのは方針であり自由です。ボールをきちんと保持できれば、能動的に時間や攻撃をコントロールできるようになります。成熟すれば相手の精神さえコントロールできるようにさえなります。圧倒的なポゼッションは、相手の心を完膚なきまでに叩き折ることさえ可能です。
風間氏の代名詞ともいえる「止める蹴る」にしても、「自分が何でもできる位置」にボールを置くことで、その後豊富な選択肢から最適なものを選び、相手の先手を取り続ける(そして最終的にはゴールと勝利につなげる)が本質的な目的です。パススピードの向上(そのための脚の筋肉強化・身体つくり)・ターンによるスムーズな次フェイズへの移行・パターン構築による認知負荷の節減・囮の配置によって相手を惑わす手など、様々な方法があるうちの一つとして正確な位置にボールを置くことを採用しているにすぎません。

 

ただ、ボールを正確に止める場合、少々要因を考えると、

・味方のパススピード

・味方のパスの球質(グラウンダー・ロブ・バウンド・アウトサイド回転など)

・芝の状態 特にアウェイの場合制御不可能

・雨や風といった自然現象 芝への影響もあり

・味方のパスの正確性、自分の利き足側に来ているか

 

相手が一切いない練習状態を仮定してもこれだけの不確定要素があります。ここに相手が加わり、さらに自分の体勢がベストの状態でなくなることも十分あり得ることを加算すると、プロの選手でも、試合中「自分が何でもできる100点の位置」にボールを置き続けるのはちょっと現実的ではない気がします。自分にとっての100点の位置を的の中心としてピッチ上に的を描くようなイメージだと、練習によって85~90点くらいの位置がアベレージになるような気がしますね。それ以上上げるのは投資としてわりに合わないように思います。正確に止めることは、正確に蹴る確率を上げるだけであって、正確に蹴ることを保証するわけではないのですから…。

個人的には、悪いなりに80点のパスをどう収めるか、80点のパスでもどうすれば十分な状況を作ることが可能かを考えたほうが建設的なようには感じますが、そこは個人の主観ですね。正解は決してありません。


そのような手段を蓄積した先に理想があります。最終的な理想が素晴らしいのはたいそう結構なことですし、実現できれば大変甘美なものを拝見できることでしょう。ただし、素晴らしい理想には綿密な準備とリスク管理が必須です。うまくいかないときが訪れないことなど、サッカーに限らずあり得ません。


例えば、今チームでしている例では、ランゲラック選手の起用や、中谷選手・丸山選手の補強といった個人での解決があります。たとえピンチになろうとも、個人の力で奪える選手・守れる選手でリスクを低減するというのも一つのやり方です。

また、ボールを取られてしまった時、あるいはボールをそもそも失わないように、味方の位置を決めておくこともリスク管理の一環といえます。究極にはすべて選手が自主的に判断できるようになるのが目標ではありますが、守破離という言葉にもあるように、パターンから入り型を守るのも重要な過程になるでしょう。

そして、個人の頑張りに依拠するという解決策は、解決策として不十分であると現在の数字は囁きます。これは昨年度のJ2でもがいていた時期からずっと変わらない点です。頑張って何とかなるとき、うまくいくときはそれでもよかったのです。勝ちという目の前の結果がすべてを癒し、甘き美酒に酔いしれることができたのですから。

ただし、その陰で置き去りにされてきた一人一人が認知すべき情報量、担保するべき相手と管理スペース・タスクといった個人の負荷量の調整は一切行われていません。2年という時間がそろそろ経過しようとしている中、うまくいかないときどうするか、頑張りだけではどうにもならないときどうするかは何の進捗も得られませんでした。

なぜなら、気づいて頑張れる人が頑張っているのですから、そんな配分の見直しはできないわけです。そして責任感の強い選手や、いろいろできる選手が割を食い、故障や目に見えるコンディションの低下という悪影響を受けるわけです。

勿論、どんなチームでもキーマンやエースが調子を落とせば苦労します。勢いに乗れれば何事も好転しますし、負けが込んでいるときは全てが裏目に出ます。そこは平等ですが、調子を落とさないための準備はいくらでも変えられます。食生活・睡眠・メンタル管理とチーム内の健全な競争・時にはエースを休ませる覚悟とそれを伝えられる信頼といったいくつもの要素が今現在を形創っています。

 

そういった状況をありのままに反映したのが今回の神戸戦だったように思います。決して「うまくいっている」とは言い切れない状況が眼前に突きつけられたのではないでしょうか。

 

正直に言えば、傍からみてもかなり豪華な陣容と補強・哲学に賛成する方々に囲まれ恵まれた環境であったとは思いますが、いささか新しい風・異質な風が不足してしまったのかもしれません。完全なたらればにはなりますが、降格の憂き目にあった小倉期にも今年ほどの夏季大型補強と観客増員の大幅な取り組みがあれば、降格はなかったのでは?と思えてしまいます。それほど恵まれた陣容をしていますし、期待外れの選手もおらず強化部の仕事も評価されてしかるべきです。 

いまや競争は皆無で、元々実力の高い選手たちが順当に試合に出続けています。それは半分は当然ですが、もう半分は成長の鈍化を意味します。

J最高の攻撃陣に半年以上さらされ続けたはずの守備陣は昨日も夏になってやってきたメンバーが中心で、必死に個人で頑張っておりました。一流の攻撃に晒されながら自分で考え、伸びなければならないという最高のスパルタ環境で日々研磨したことによる成長は、他クラブさんでの鍛錬を経て名古屋へ来てくださった選手たちに未だに及んでおりません。

コンバートにより新境地を開拓した選手も、元々の守備能力にビルドアップ能力を上乗せした選手も、中盤で急所を見抜いて相手を抉るパスを出せる選手も、前線で違いを見せる選手も魔改造ではまだ出てきていません。今はすべてが外注です。ただし、これは2年未満という期間では短すぎるかもしれませんが。

激しい選手の入れ替わりがあり、多くの選手が残念ながら名古屋を去ったうえで、未だに魔改造による成功例がゼロなのは気になるものではあります。所謂「目を揃える」ことで選手としての市場価値を大きく上げたプレイヤーがまだいないのは、ガラパゴス化へ邁進していることと同義です。風間サッカーの申し子とされる八反田選手が札幌戦のようなことを起こしてしまったこともそれに拍車をかけます。

たとえ魔改造なるものがあったとしても、試合で価値(勝ち)を証明できないならそれは魔改造でも進歩でもないでしょう。酔狂という言葉が失礼ながら相応しくなってしまうのではないでしょうか。

 

かつて多くのサポーターたちを期待させた新風は、2年近い時を経て澱み新しさを失ってしまったのでしょうか。程度の大きさ・規模の大きさ・方針の見直しなどやりようは色々ありますが、新しい風を入れる時ではあるのかなとは感じます。2年前がそうだったように。

それは監督の入れ替えかもしれませんし、コーチの入れ替えかもしれません。あるいは目標とするサッカーの軌道修正かもしれませんし、練習メニューの変更かもしれません。望みはしませんが選手を再び入れ替えるのも方法の一つではあるでしょう。もう今季のうちにできることはほとんどありませんがね。もう今できることをするしかありませんし、今監督解任をするのは愚の骨頂です。何が良く、何が悪かったかさえ得られないまま最悪の結果を招く危険があります。

 

今期の勝ちは10勝です。開幕から2勝と中断明け後に7勝、それとサポーターの方々が阿鼻叫喚している柏さんから薄氷の勝利をしています。残りは守備陣の頑張りで引き分けた試合が4試合です。実は点を激しく取り合う引き分けは一度きりありません。

相手に対策する情報か選手の質という実力があった際、ほとんど勝ちに結び付いていません。それでもなお選手はプロとしてピッチへ向かい、監督は選手をピッチへ送り出すのでしょう。

 

 

しかしながら、これはサッカーである以上当然のことです。相手に対策されて何も変更なく、なお勝ち続けられるチームなど世界中見まわしてもほとんどありません。ゴールキーパーとストライカーに確変が偶然起これば時期限定では見られますかね。現に今年の日本でも観測できたお話です。単に風間サッカーも例外ではなかったというだけにすぎません。 何が結局革命であったのか、どうなったことが革命だったのかは申し訳ありませんが私にはわかりかねます。きっと、もっとお詳しい方が懇意に説明してくださることでしょう。

 

この2年積み上げてきたことを継続するのは選択肢としては有力だと思います。しかし、継続を選んだ場合必ず話に上がるのは川崎さんです。名古屋が主体的にどうなりたいかではなく、川崎さんが成功したからという理由が良く目に入ります。川崎さんで5年必要だったから名古屋でもそのくらいの積み上げは必要という意見もありましたね。

 

勿論当然ながら川崎さんは川崎さんです。一つの他クラブとして敬意を払うべきであり、特別に先輩だとか成功例だとか認識する必要はないでしょう。名古屋は川崎さんではないし、川崎さんには決してなれません。尤も、なる必要もないのですが。

そういう意味では、ネット選手が来てくださったことは喜ばしくとも、ネット選手に今も頼っていることは個人的には何一つ喜ばしくありません。

 

未だに「風間サッカーはなぜ川崎で成功したか?」という答えは見つかっていませんし、おそらくこれからも見つかりません。後付けの分析やぽえむは出てくるかもしれませんがね。

「風間サッカーに中村憲剛選手は必須なのか?」という問いについては名古屋の成績をもって一つの結論が出ることでしょう。

 

その結論が出た際に、今年名古屋を選んできてくださった選手たち・ジョー選手がかみ合わないチームの象徴として批判されたり、アーリア選手が降格請負人だと揶揄されたりするだけでも十分な屈辱ですが、もう一度降格した瞬間の悲愴に満ちた最悪の雰囲気を目の当たりにすること、並びにまたしても応援してきた選手たちがいなくなることを迎えたとしたら、その時はどうなるのでしょうか。

 

うまくいっているときのチームが魅力的で強いことはもう十分わかりました。しかし、

 

万が一うまくいかなかったとき、どうするのでしょうか?

 

あれだけJ2の恐ろしさを肌で感じ、その恐怖が風化するほどの期間も経ず、あれだけの有力選手を抱えて満身創痍の小倉期と同じ轍を踏むのであれば…

 

昨季は紙一重で運が良かったです。今季はどうなるでしょう。

上昇気流に乗れる時間

驚異の6連勝を達成しました。

まだ残留安全圏に到達したわけではありません。しかしながら、シーズン開始時に思い描いたような圧倒的な攻撃力を披露する段階に到達しました。

6連勝はそうそうまぐれでできるものではありません。間違いなくチームに勢いがあり、好循環を生んでいます。

 

この快進撃を支えているのは、間違いなく夏の新加入選手たちと、漸くベールを脱ぎ本領を発揮したジョー選手でしょう。出場した5試合で10得点を獲り、あっと言う間に得点王を視野に入れる大車輪の活躍を見せています。また、単純な得点による貢献のみならず、相手に競り勝ちマイボールにすることで味方を大きく助けています。浦和さんのDF陣はJ1でも上から数えたほうが早い選手が揃っていると思いますが、そうした相手に対しても質で優位を得られる実力は圧倒的です。

また、ジョー選手が活きることで、シャビエル選手も躍動しています。ゴールこそないものの、ここ6試合で4アシスト(ガンバ3点目・横浜1点目・浦和2.3点目)と十分な数字で、どれも勝敗に直結しています。ここまで19試合出場で5ゴール(ガンバ・磐田・鳥栖2・浦和)10アシスト(柏2点目 FC東京1.2点目、清水1点目、ガンバ1戦目2点目)と十分すぎる結果を残しています。さすがに伝説の16試合7ゴール14アシストには及びませんが…。もっとも、本人が点を取らずとも他の選手が獲るという役割分担がうまくいっているともいえます。

 

ただし、懸念がゼロではありません。勿論どんな段階にいても、課題がゼロになることは決してありません。攻守の切り替えが遅れる場面や、最後の場面をGKとCBの個人能力に強く依拠している点など、攻撃的なサッカーを進めるうえでもより負担を減らすためのアプローチは残っています。

 

また、「時間がかかる」が合言葉とされてきた風間サッカーの浸透が、役者が変わったことであっと言う間にある程度の点に到達してしまったことも挙げられます。今までの積み上げ・あるいは今季前半戦の積み上げは何だったのでしょうか?

当然ながら全く無意味であるということはあり得ませんが、果たして「何に時間を投資したのか?」という問いの答えは考えておいて損はないと思います。昇格プレーオフまでもつれたことによる選手編成の遅れが直接的な原因であるのならば、なぜ自動昇格権をそもそも勝ち取れなかったのかも内省すべき課題であると思います。

 

うまくいった瞬間のみを切り取れば、どんなチームも魅力的に映ります。即興がかみ合うこともありますし、一つ一つのプレー選択が満点で、かみ合えば綺麗で見事です。その瞬間を切り取れば、どんな気持ちサッカーチームも強豪に早変わりします。

だからこそ、うまくいかない時間が重要です。なぜうまくいかないのかという失敗の種や、管理が曖昧になりやすいスペース・タスクの整理など、気持ちだけで解決できない細部を突き詰める必要があります。選手の頑張りのみに依拠していればいずれメッキははがれ、無惨な結果が付きまとうことになります。もはや、そうした怠惰を見逃してくれるリーグではなくなってきたように思います。 

魅力的な時間が、90分のうち何度見られるか?は好調のバロメータになるかもしれませんね。今は新加入選手と既存の選手たちが良いバランスで調和しており、ストライカーも好調でうまくいっています。

 

ただいつか訪れるであろう、相手に質で勝てなくなった時はどうなるでしょうか?

これは来年以降の答えになることでしょう。

 

今は勝ち点3という結果こそがすべてです。残留を成すことが何よりの至上命題です。

 

色々な意味で、連勝は最高の結果ですね。

因果の読めない名古屋の逆襲劇

2014年以来の3連勝です。

 

J1でこれだけ勝ち星が続くのが久しいことであるという事実が、ピクシーと別れてから目指す未来を見失い、西野期・小倉期でいかに彷徨ったかを伝えています。もっとも、西野期も中位ではありましたが…。

 

すべてのサッカーチームに付きまとう問題として、勝利と魅力の天秤があります。
魅力的なサッカーをして勝てれば最高ですが、なかなかその両立はあり得ません。というのも、勝ちというのは往々にして不確定要素を淡々とつぶした先にあることが多いです。危険につながるスペースをあらかじめつぶしておいたり、相手に乱された時の優先順位を決めておくなど、準備を進めつつも、本番で準備に拘泥しすぎないことで実現するものだと思います。何が起こるかわからないなりに、起こりそうなことを予測し、粛々と対応したり、時にはやりたいことをかなぐり捨て、現実的にできることをする堅実さも必要です。
一方で、魅力というのはある種の不確実性やハプニング性に基づくわくわく感によって生じやすく、何が起こるかわからないこそ発生する期待という側面があります。また、やりたいことをやりきることは楽しく、見ていて面白く感じる人が多いのは点を取り合う展開でしょう。

 

現在名古屋が進めているサッカーが、魅力的かと問われればその通りなのでしょう。シーソーゲームや息もつかせぬ逆転劇が起こる中、現地の雰囲気はよい意味で異様な盛り上がりに至りました。豊田スタジアムの歴代記録も鹿島戦で更新しています。勿論レプリカユニフォームの配布など販促戦略もあるうえでの達成ではありますが、観戦者数というわかりやすい指標が今の魅力を端的に示しています。そしてそれはクラブ運営上素晴らしいことです。
それだけの観衆の前で、かなり不利な判定の中鹿島さんに勝ち切ったという事実は非常に大きいでしょう。これで後半戦は全勝です。

こうした8月の圧倒的な追い上げは昨季を思い起こします。昨季も新井選手やシャビエル選手が夏に加入し、上昇ムードに包まれました。勝つことが何より重要な時期に、勝てていることは非常に大切なことです。
まだまだ最下位ではありますが、前半戦よりはチームを覆う雰囲気は明らかに改善されています。チームを構成するメンバーが変わった影響は大きいですね。

 

ただし役者は変わっても、やることは良くも悪くも変わっていません。
依然として、個々の選手の質に大きく依拠しています。勿論それはどのチームでも起こりうる話ですが、「選手が加入して質が上がった」をまだまだ繰り返している状況です。今年はもう残留に切り替えるべき時期ではあるので、目先の勝ちを取りに行くために質で圧倒していくことは正しいと思います。もしこれが来年以降も続くのであればそれはまた別の話になりますが…。

しかし、それ以上に痛感したのは、今の混沌としたJリーグで判断を誤ると、冗談抜きで転落しかねないという恐ろしさです。そして、転落しかねない側にまだまだ立っているという現状です。


後半戦では幸運にもすべてドラマティックに勝利しているものの、そうした魅力ある勝利は引き分け・敗北が紙一重であったことも示しています。

仙台さんは数的優位の構築に取り組んでおり、決定的なシュートチャンスを幾度も作られました。最後はポストに助けられつつ選手の質の優位性でぎりぎり勝利しました。仙台さんは一貫したスタイルの構築を進めているものの選手の質で優位になり切れない試合もあり、個人の質が目指すスタイルの実現に肝要なことを再認させられます。とはいえ、質だけでは個人の頑張りに依存する危険な状況になってしまったり、時に頑張りが無駄になってしまいます。
改めて個人と組織を両立する難しさを痛感させられます。ただし、どちらかだけではもはや降格の足音を聞くことは避けられなくなりつつあります。どちらもなければ降格です。

ガンバさんは開幕戦でそもそも名古屋の立ち位置をわからなくしたチームです。初戦のガンバ戦でBrazilian Storm が躍動したことでJ1でもいけると確信した方はいらっしゃると思います。加えて、宮本監督が急遽登板するなど監督交代のゴタゴタもあり、控えめに言っても順風満帆とはいいがたいチーム状況での対戦でした。また宮本監督も引き出しが豊富な監督というよりはモチベーションで戦う派の監督のようで、嵌めてくるような厭らしさも秩序だった守備も見られませんでした。まぁ就任2試合目でそこまでのクオリティに仕上げてくるほうが恐ろしいですがね。したがって、ガンバさんへの勝利で「行ける!」と確信するのは早計でしょう。同じ轍を踏むことになります。

鹿島さんも往年の厭らしさ・堅さはどこへやら、名古屋の攻撃陣の輝きを考慮してもとても「鹿島らしい」とはいえないレベルの守備です。前までは昌子選手と植田選手という日本代表クラスの個人CBが何とかしていたということなのか、たまたまコンディションの谷間が来たのか、完全アウェーの雰囲気に呑まれた選手が多かったのか、判定に恵まれすぎて戸惑ったのかはわかりませんが、常勝軍団といわれてきた鹿島さんでさえ、ついにジーコスピリットに基づく精神的な強みだけではうまくいかなくなりつつある時期に突入しつつあるということでしょう。あと多分ですが大岩監督があまり選択肢を保持していないことも大きいと思います。レジェンドを監督に据える安易な人事はよくありません(経験済)。クラブもレジェンドもサポーターも得しません。


DAZNマネーの獲得により、監督やコーチ・分析チームにフロントの質、ひいてはそういった分野への投資によりどういったクラブチームを目指すかという判断の速さが問われています。その中で神戸さんの取り組みは非常に顕著ですね。湘南さんもキジェ監督のもと着実にクラブとして強くなっていると思います。もっとも、万が一キジェ監督でうまくいかなくなった時やマンネリに陥った時どうなるかという難しさはありますが、今の取り組みではそんな懸念は杞憂に終わりそうです。一方、マリノスさんのように一貫した強化がなかなか勝ちに直結しないというもどかしさにぶち当たることもあり得ます。その際に「気持ちで頑張る」だけではもはや通用しなくなりつつあるわけです。どうして今やっていることを信じられるのか、今やっていることをどれだけの期間積み上げることでどうなるのか、がある程度妥当性をもって論じられなければなりません。もちろん、無益な遠回りも避ける必要があります。その間に周りはどんどん前に進んでいきますからね。

 

選手が頑張るのはある種自然なことであるとともに当然でもあります。頑張らずして選手がピッチに立つことはほとんどあり得ませんし、頑張っていてもピッチに立てないことは往々にしてあります。また勝ちたくない選手はいませんし、それはクラブに携わる人間やサポーターとしても同じ話です。試合に負けて後味の悪いまま迎える月曜日の陰気さは何とも言えないものがあります。特に、選手が個々で頑張っているだけで無惨に負ける試合を見た後の徒労感、生じる怒りや嘆きは何とも言葉にできない心地悪さがあります。

個人の実力の向上は重要なことです。個人の質がなければ、掴める勝ち星は遠ざかってしまいます。それを体現する立場としてこの2シーズンを過ごしてきた以上、覚えのある試合はいくらでもあるでしょう。だからこそ、クラブは風間氏を招聘し、個人の力の底上げに取り組んでいるわけです。そして実際、相手を外してボールを受ける力については、確かに磨かれたと思います。
ただし、絶対的な適性がなければ、ベンチにすら入れない選手が数多くいらっしゃることもまた事実です。現在名古屋にいるレジェンドの楢崎選手・玉田選手・佐藤選手の現状が適性の大切さを強く示唆しています。お三方とも語るまでもなく偉大な選手であり、どんなサッカーであろうとプロとしてベテランとして全力で取り組まれる方々です。しかし出場状況には大きな差ができています。加えて、「止める蹴る」に適応し、魔境で生き残ってきた青木選手や櫛引選手も新加入の選手たちによってスタメンの座を追われ、ベンチを温める日々が続いています。
「止める蹴る」「外して受ける」がまったくもって不要な技術とは思えませんが、さんざん言われる守備をはじめとして、ヘディング・セットプレー・スローインなど様々な「観測外の技術」に辛酸を嘗めさせられる機会はJ2時でさえ数多くありました。連勝している今でさえも、毎試合失点はしています。今はそれ以上に点を取れていますが…。
適性のある選手だけで固めることは、適性だけではうまくいかないときに打開策がないことも意味します。また、「止める蹴る」による認知判断を含めた総合的な質の向上が遅ければ、際限なくいい選手を買い続けるというスパイラルに陥ります。そうしたレアル化ともいえるビッククラブ路線を進めたいのであれば個の力を高め続ける今の道は正しいと思います。しかし、そういう路線をクラブが望んでいるとは思えません。

 

現在、ピッチ上での判断は選手個人に強く依拠しています。当然最後の判断は選手自身がなさることでしょうし、何から何まで指示することはできません。しかし、「止める蹴る」に基づく認知判断の向上、それによるスペースの把握とゲームの支配を目標とするのであれば、ピッチ外から根本の認知判断を支援することは個の力の向上と矛盾しないのではないでしょうか。ボールの奪いどころを決めたり、大まかにでも選手の位置を定めたり、リスクを減らせるような安全策のパスルートとリスク上等のパスルートを併設したりしておくことで、ピッチ上で姿勢よく顔を上げた状態で認識する情報は整理されないでしょうか。一度に入る情報を減らしたり、あらかじめ安全策を手元に保持しておくことで、判断の遅れや情報のオーバーフローによる判断ミスは減らせないでしょうか。そうした致命的なミスを減らすことは、選手個人の自信・チームの結果を高めるうえで大切なことではないでしょうか。チーム全体の構造欠陥を一人の選手がしりぬぐいさせられていて、スケープゴートを探し求める状況が健全といえるでしょうか。

「選手の可能性を信じている」というのは美しい言葉ですが、可能性に殉ずるのであれば無策に等しいです。そういった美しい言葉をつぶやくほど、窮状の際に「選手に勇気がない」とか「受け身になった」といった言葉に転じます。例えば、いきなり敵地で本気のマンチェスター・シティバイエルン・ミュンヘンアトレティコ・マドリーと真剣勝負をするなら確かに相手に委縮して勇気を失ったり、受け身に回ることはあり得るでしょう。しかし、勝手知った日本のピッチで、未知の相手でもないJのチームと戦って受け身に回ってしまうのは、単なる精神面以上の問題が隠れていると考えたほうが良いように思います。仮に本当に精神面の問題だとしたら、それはそれで戦う準備がまったく整っていないことになるのでより大きな病巣があることになります。また、勇気についても入念な準備の下、できるという確信のもと生じるものです。もっとも、根拠がなくても勇気が出ることはありますがそれは蛮勇とか無謀という表現のほうがふさわしいです。恒常的に頼れるものとは決して言えませんね。

勇気が必要ならば、勇気を持てるような準備、ひいては勇気がわく状況が要るわけです。それはメンタルコーチの帯同かもしれませんし、技術の言語化かもしれませんし、勝ち星かもしれませんし、満員のサポーターで埋まった非日常的なスタジアムかもしれませんし、脳の手術や洗脳かもしれません。手段として妥当かはともかく、個人の勇気に期待しても無意味です。方法を言語化するなど経験値としてクラブが保持しない限りは、何度でも同じ問題に突き当たります。

 

今後J1で生き残っていくうえでは、個人の強化も、組織の強化もどちらも進めていく必要があります。今は、個人の強化のほうが重要だという体で、個人の技術という山から登っている状況です。しかしながら、ボールが足元にない時の振る舞いは個人の頑張りに依拠しているのが現状で、ボールを保持できないときにどうするのかという壁に再びぶち当たった時、どこまで頑張れるのでしょうか?

 

おそらく、昨年同様再び壁にぶち当たる時期は訪れるでしょう。それでも、方針はもはや変わらないと思います。いえ、変えられなくしてしまったと思います。
今の道を邁進するなら、守備の細部を整備できる副官を据えるか、認知負荷を低減できるような攻撃パターンを導入するかが現実的な解決策になりそうですが、そういった融通は間に合うのでしょうか。もし間に合えば、今度こそ3年目で取り組みが正しかったのか証明する機会が訪れることでしょう。

 

ただ、どう取り組むのかという悩みはすべてのクラブに共通します。

 

急激な転換期に、どこのクラブも苦労しています。何が正解なのかはわかりません。だからこそ、わからないなりに目に見える課題は解決しておかないと、何に裏切られるかはわかりません。ただ確実に一つ言えるのは、頑張りが強みにはなりえません。至極当然ですが、みな頑張っています。どう頑張るか、頑張りを浪費していないか、頑張りに甘えていないかを突き詰められず、根性や美学に逃げたクラブから降格するでしょう。サッカーが個人の煌めきと根性だけでなんとかなる時代は終わったと思います。また、質を揃えきれなくても降格の憂き目に遭うことでしょう。


二度とそうならないことを祈るばかりです。ここ3試合を連勝出来たことは最後の最後きっと効いてきます。

痛みを伴う革命は何年間まで?

J1も17節終わり、すべてのチームと一度ずつ戦い終わったのもつかの間、あっと言う間に後半戦に突入しています。

 

日本全体が恐ろしいくらいの暑さです。認知が鈍り、視野が狭くなる暑さです。 

 

この暑い中、現地で応援する方には本当に頭が下がります。最下位という現実の中、期待し続け、信じ続け、応援し続けられるのは本当に素晴らしいことです。

それはプレーしている選手の皆様も同様です。3分走るだけでもうだるような暑さと湿度の環境で90分プレイを続けるのは、いくらサッカーが好きでも精神的に参ってしまうものでしょう。それくらいの異様な環境です。 

 

現場がものすごく頑張っています。

 ただし進む方向が間違っていると現実の試合結果は囁きます。3節の湘南戦からリーグ戦で勝ちがないままもう8月です。漸く勝ち点3を手にしましたが、残念ながら前途はまだまだ多難です。今日ばかりは喜んでもよい気はしますがね。

 

他クラブを見渡してみても、夏の移籍市場の中で最も活発の動いたチームのうちの一つといえるのではないでしょうか。補強に使った金額を考えても、クラブが何としても降格を避けたいと考えているのは伝わります(今の本気度が小倉期にあれば残留できた気はしますが)。 順位が順位ですから、どうしても2年前の降格とだぶる部分はあります。当時と選手層は大きく異なりますから、今回降格したら指揮系統にかかわる方々の責任は相当大きいでしょう。冷静に考えて、ランゲラック選手とシャビエル選手がいて、期待通りの活躍をしていて降格するのは何かがおかしいです。

 

その一方で、この2年で加入と放出はどんどん進みました。Twitterで指摘なさっている方もいらっしゃいましたが、J2屈指と言われ名古屋に加入した多くの選手たちがJ1で通用するかもわからないまま移籍しています。その中でほぼ唯一生き残ってきた櫛引選手も金井選手の加入と同時にあっさりベンチ落ちしています。今まで練習し、監督の要求に適応してきたのは勿論全くの無駄ではないでしょうが、なんというかやるせない気分にはなりますね。非常に感情的な話ですが、何のための練習であり、適応なのかと考えさせられます。1年半かけて育った選手よりも即戦力の選手を監督が頼りにしている状態では、個人的には育成に信頼感は持てません。育てるより買ったほうが早いと監督が認めているのと同じですからね。

さらに、その「育てる」部分もかなり懐疑的です。1年半という期間があり、誰がどう育ったのでしょうか。誰がどういうことをできるようになり、どのような点で相手にとって嫌な選手になったり、味方にとって助かる選手になったでしょうか。個人で見れば代表的にはフィジカルが強くなり当たり負けることの減った秋山選手や、ボール運びが大きく上達した櫛引選手がいらっしゃいますが、止める蹴るの継続により化けた選手はまだいません。個人の頑張りと気づきにより伸びた選手はいても、チームとしてパススピードが上がったとか、バイタルエリアの攻略がスムーズになったとか、パスレンジが広がったとか、視野が広がりボールロストが減少したなどのチーム全体のポジティブな変化はありません。きわめて属人的です。育成というのはある意味では、「良い」という型や目標を決めて邁進するものでもあるので、属人性とは正反対のはずですがね…。

 

ただ、育つには時間がかかるうえ、元々がJ2クラスの選手では勝てないのも仕方ないという考え方もあります。

ここで、J2クラスという選手のレベルがあると仮定すれば、

・対応できるパターンの多さ

・あらゆる場面で保持できる選択肢の多さ

・相手に嫌なことを突きつけるスキル

・理不尽な技術

・ピッチ上で把握できる容量の大きさ

 ※一例です

 

これらの様々な要素などが練習や試合を通じて拡大して、J1クラスという上のレベルまで到達するのが成長であり、育つことだと思います。しかし中には許容量が追い付かず、成長しきれない選手も出てしまうでしょう。それがJ2クラスの選手という表現になるのでしょう。

個人的には、試合に出て通用して上記のような出来ることが増えて最終的に市場価格が上がるのが育成だと考えます。その過程では指導者がすべてではありませんが、指導者が与える影響は間違いなく大きいでしょう。

 

話が少しそれましたが、要は選手の質のせいで勝ちに結び付いていないという可能性もあり得るという考えもあります。しかし、これはそう思えません。

 

この勝ちのない4か月を思い返してみて、選手の質で何とか勝ち点をとった試合(横浜さん・広島さんとの試合) はあっても、選手の質が負けに直結した試合はなかったように思います。相手のドリブルで数人が剥がされたり、どうしようもない打点の高さからヘディングを叩き込まれたり、反則CBやGK相手になすすべがなく跳ね返されたりといった、選手の質の差としかいえない展開は半分終わってどのくらいあったのでしょうか?きわめて主観的な疑問ではありますが、正直私はゼロだったと思います。根本的な兵力の差で、相手の慢心や油断を期待するしかないような選手そのものの差を感じた試合はなかったです。勿論主観ですから、これについては人それぞれでしょう。その分準備の質の差を感じた試合はいくらでもありましたがね。また、J2では「外してくれた」シュートをJ1では「外してくれなくなった」という点は強く感じますが、ピンチそのものを作られていることに変わりないので、名古屋の選手の質の問題というよりは構造の欠陥と考えるほうが妥当でしょう。

そしてそれはいまだに修正されていません。相変わらずどこでボールを奪い、相手のどこを起点に前進し、いかに守るかは選手任せです。嵌まれば凄いですが、嵌まるかどうかは偶然です。

 

また、育成に定評があるのなら大変ではありますが、いずれ遅かれ早かれやることですし自前で育てればよいでしょう。ましてどんなタイプの選手がキーマンになりそうかは川崎さんでの経験がある風間氏を招聘した以上、見当もつきやすいはずです。熱心なサポーターの方であれば予想もつくでしょう。

足りない部分や長所となる部分をおおまかにでも育成できずに、自前で育成できるクラブになるといわれても疑問符がつきます。特に現在は、「悪いなりに理不尽な個の力で勝ち点を拾う」ための反則助っ人は何人もいる状況です。勝敗の責任を一手に引き受ける必要がなく、若手をこれ以上ないくらい起用しやすい状況だったはずです。現に開幕の先発CBは菅原選手が果たしています。

ところが、今は風間サッカーをわざわざしなくても勝てそうな選手たちを札束で集めています。それはそれでやり方の一つですから悪いことでもありませんが、それで勝てるようになっても手放しで喜べることでもないでしょう。そこに掲げたはずの継続性は皆無ですし、抜本的な改革ともいえません。回帰という表現のほうがしっくりきます。

クラブのサッカーひいては成績が属人的であることをやめるための攻撃サッカーへの着手であり、その手段として風間氏を招聘したはずです。

ところが、現実は手段と目的が逆転しています。風間氏でなければならない理由をクラブが必死に創出している状況です。属人的であることをやめたいはずなのに、どんどん個人に依存するサッカーに突き進んでいます。成長して市場価値を劇的に上げた選手もまだいません。仙台さんとの試合に勝って長いトンネルはひとまず抜けましたが、それはトンネルの終わりを意味しません。

 

この夏の移籍で、J2にいる優秀な選手は間違いなく目を付けられ、個人昇格を果たすことが決定的になりました。昨年以上に顕著で、この流れは今後も加速するでしょう。J1で居続けることは何よりも重要です。もう一度J2で基礎を作っていたら遅すぎます。

 

設計図から完成させるまでの時間は、かつてないほど監督の腕を決める要因として強く作用するようになりました。もし攻撃サッカーをクラブが進めたいのなら、現在監督をなさっている方でいえばレノファ山口さんの霜田監督・ヴァンフォーレ甲府さんの上野監督・徳島ヴォルティスさんのロドリゲス監督あたりは攻撃に重きをおいて魅力あるサッカーを展開していると思います。解任されてしまいましたが元柏さんの下平監督も設計図が明確で落とし込める方だと思います。こうした方々ですと一年どころか数か月で型はできます。

 

そんな中で5年待つのは、焦りを通り越して恐怖を覚えます。川崎さんの経験が活きて3年くらいで形になるとしても、もはや遅いと感じます。3年たてばサッカーの流行も変わりますし、チーム内のマンネリ感も何となく出てきますし、相手の対策だって蓄積します。もっと成長する他クラブさんも出てくるでしょう。

 

しかし、3年で形になるとしても、もう半分経過していますよ?あと半分で今のままのチームでどんな劇的な成長がみられるでしょうか。

 

ここで「まだ1年半」なのか「もう一年半」なのかで、大きく考え方が異なるでしょうね。

個人的には期待はしたいですが、正直なところ恐怖のほうが上回りますね。 何年間今のような入れ替わりと出費の激しい革命が続くのでしょうか。

変わろうとしてなお戻ってくるのなら、相手に攻めさせて優秀なGKと愚直なDFたちが点だけは与えずに気づいたら勝っている昔のスタイルを名古屋らしさとしてもよい気がしますが、なかなかそうもいかないのでしょう。

夢見る名古屋グランパスサポーターにのしかかる現実のお話 ※追記あり

中断期間が明けてJ1が再開しました。

ワールドカップの夢から醒めず、現実逃避するよろしくない名古屋グランパスサポーターがいらっしゃいますね。

 

そろそろJ2でどんなアウェー旅をしたいか考えておくと楽しめますよ。グルメもありますし、年中試合を楽しめますし、攻撃的で魅力的なサッカーが披露されるかもしれません。期待の若手に次々注目しあっと言う間に去っていくという、アイドルを追っかける尻軽オタクみたいなこともできますよ。もうやってますか?それは失礼しました。

 

(追記 個人の観戦スタイルを馬鹿にしているのではないかというご意見を頂きました。確かに、他の方が好きでなさっていることを感情に任せて安易に批判した点は申し訳なく思います。気分を悪くされた方もいらっしゃると思います。その点は配慮が至りませんでした。改めて謝罪申しあげます。)

 

サポーターであれば誰しも新戦力には期待したいものです。そのわくわく感は抗いがたいものがあります。ですが、あまりに選手個人に期待し続け、どれだけの期間を浪費したでしょうか。

シャビエル選手が昨年の夏に名古屋に舞い降り、その願いを一度は叶えてくれました。しかしながら一年たった今、あの頃と比較して名古屋グランパスというチームはどれだけ強くなったのでしょうか。

圧倒的な実力で毎試合2~3点分のピンチを救うランゲラック選手が加わり、大怪我で離脱してしまった期待の新井選手が帰ってきて、櫛引選手が暑さにも順応して頼もしい選手となり、菅原選手が大抜擢を受けプレーの端々に賢さを見せて、ホーシャ選手が加入して左利きのCBから展開できるようになった挙句、今の守備はどうでしょうか。

目玉補強でジョー選手が加入し、J1でも余裕で通用しているシャビエル選手がいて、若手の有望株をどんどん二種登録して、「攻める」というスローガンのもと標榜した攻撃的で魅力的なサッカーはどの程度披露されているのでしょうか。約一年半というサッカーを浸透させるうえで十分な期間を経て、今は目標を達するためのどのあたりの段階にいるのでしょうか。

 

「内容はよかった」「保持率は勝っていた」という戯言すらいえなくなり、魅力さえも虚空に消えた状況で、まだ中毒者のように選手が足りないと言い続けるのでしょうか。

 

チャンスを生かせなかった選手は仕方ないとしても、十分なチャンスもろくに与えられないまま去ってしまった選手がいる一方で、新たに中谷選手・エドゥアルドネット選手・前田選手・丸山選手が加入しました。シーズン前と合わせれば十数億の投資であり、非常に恵まれた体制であるといえるでしょう。

その一方で正直、もはや「風間サッカーをわざわざ選ばなくても、標準的に守備を整えればそこそこ上位が狙えるチーム」を構成できる選手が揃ってしまったと思いますよ?それにもかかわらず、理想に拘泥して再び屈辱にまみれ、戦犯探しがまた始まるのでしょう。根本的に選手の数が足りずに初めて降格した2016年とは台所事情が違いすぎます。

そして、育成の基礎を作るという触れ込みはどこへやら、この二年で止める蹴るがうまくなった選手は沢山いても、認知判断が向上したり、パスレンジが伸びたり、個人でつぶせる守備技術が身についた選手はいません若手が明らかにJ1で通用するようになったという進化もピッチ上で見られません今回の中断期間は、半分もう手遅れではあったものの、運が良ければ残留に間に合うかもしれなかった最後の修正期間でした。

その結末は、5年前と何の進歩もない黴の生えた理論に基づき、何らアプローチの変わらない時代遅れのガラパゴスな練習を積み重ねただけでした。最後のチャンスをドブに捨てたことが浦和さんとの試合で確定しました。もうチャンスは巡ってこないでしょう。万が一改善したとしても、それは極めて属人的なものであり、必要な要素を多少なりともコンバートや育成により補えていない時点で論外です。

これで成績が良くなっても「遅すぎる」の一言に尽きますし、わざわざ8連敗してチームの士気を下げた意味は皆無でしょう。良くなる要素がわかっていながら行動しなかったのなら無能の誹りは避けられないでしょうし、相変わらずこれだけの選手を揃えてなお最下位なら無能の一言です。

 

同じミスを2度した選手は進歩がないとして監督から叱られるそうですが、同じミスを少なくとも14回以上、もしくはもっと多く繰り返している選手がいるとしたら監督からどのように叱られるのでしょうか。追放されそうです。こわいですね。

 

もしかしたら、圧倒的な個人が何とかしてくれるという、あまりにも受動的で恵まれた「呪い」にかかってしまったのかもしれません。素人がかかるならともかく、なんで経営やサッカーのプロがかかっているんだというのは批判を通り越して嘲笑になりそうですが(笑)

 

今やドイツでさえ「CBがボールを保持できる」という強みを逆用されて敗北するこのご時世に何を悠長なことしてるんでしょうかね?テストするとしてもせめて勝ち点40を得てからやってほしいものです。

 

次の広島戦は「宮原選手が出られなかったから」が夢見る人々の言い訳になりそうですね。その次は「暑いからしょうがない」ですかね?そのあとは「まだ新加入の選手たちと連携が習熟してないから時間がかかる」あたりだと予想します。そのころには17位のクラブが勝ち点20になっていそうです。

 

すべて終わるころに、気づいたら何もクラブに残っていなかったという漫画みたいな展開だけはやめてほしいな~。

人災で「日本らしく」玉砕した日本代表

日本代表は、 ベルギー代表に2-3で敗れ、ワールドカップが終わりました。

 

 

記録としては今までのタイ記録であるベスト16と、アジアとして南米勢に初勝利という歴史の扉を開いた大会として終えました。 

結果だけで言えば、戦前に予想されたものよりもはるかに良く、選手たちの頑張りによって望外の成績を得られたといえるでしょう。初戦から豪運にも恵まれ、相手の自滅も手伝い、個人的には完全に予想外な展開でした。普段からサッカーを見ている方ほど予想できなかったのではないでしょうか。

 

ただし、今回の結果によって、日本という国がステップアップしたということは決してあり得ません。残念ながら経験値として持ち帰るはずだったものは、サッカー協会の手によってゴミ箱へ棄てられました。この4年間、アギーレ監督をはじめに招聘して積み上げようとしてきた所謂「弱者のサッカー」は成功したのかどうかすらわかりません。今大会の結果としては現れましたし、おそらく個人的には日本に向いているようにも感じたのですが、検証のしようがありません。

もしハリルホジッチ監督だったら…という仮定も、もはや無意味です。初戦の退場者が出て先制する展開が同じ形で出ることは100回繰り返してもまずありません。そしてそのイレギュラーが今回の決勝トーナメント進出に最も強く作用している以上、再現性は皆無です。今回のイレギュラーが日本選手のパフォーマンスによるものなのか、コロンビア選手のパフォーマンスによるものなのか、それは油断からくるものなのか、その油断は日本そのものへの油断か、監督交代をしたバタバタによる油断か、真相はわかりません。全く同じ形でベルギー戦に臨めたとしたら、最後の玉砕はしなかっただろうくらいしか予想できませんね。

 

しいて言えば、守備的に戦えばうまくいくケースのほうが多そう、くらいの素人の感想くらいは言えそうです。若手に経験を積ませたわけでもなく、結果だけを求めた結果、本当に結果しか得られなかった大会となりました。

 

加えて、その結果も予想外に良かったとはいえ、あらゆる豪運を引いてきた末路としては物足りません。これほどツキに恵まれ、決勝トーナメントに進出できる大会は今後しばらくはないでしょう。チャンスとしては最高クラスの大会でした。

 

しかしながら、そのチャンスを万全に生かす準備はむなしくも積み上げてきませんでした。振り返れば3大会前のオーストラリア戦の逆転負けから、ザッケローニ期のコンフェデ杯イタリア戦、前回大会のコートジボワール戦、そしてほんの数日前のコロンビア戦まで、日本代表は少なく見積もっても12年前から、公式戦の真剣勝負で勝っているときの試合運び、試合の締め方に課題を残しています。

具体的には、攻めて突き放したい攻撃陣と、守って逃げ切りたい守備陣の意思の統一がされません。それにより中盤に謎のスペースができます。同時に、横パスで時間をつぶす所謂「自分たちのサッカー」がいきなり影を潜め、妙に好戦的な攻撃ともらったほうが困るバックパスと帳尻を合わせるための不要なファールが繰り返され、致命的なミスが起こり、同点にされます。そして、追い付かれた焦りから余裕を失い、リスク度外視の玉砕攻撃に転じ、時に本当に玉砕します。

 

結局振り返れば、ベルギー戦の最後の予兆はコロンビア戦にありました。相手が一人少ないからこそ追い付かれただけで済んだのであって、失点の仕方は過去の歴史に見事に合致します。賭博師西野監督の大博打は、終わってみれば2度当たり、2度外れです。最後には賭博で隠し切れなかった準備不足がすべて溢れ出たように思います。

 

www.youtube.com

 

きわめて残酷ではありますが、上動画の1:23~(3失点目)は、直してこなかった日本らしさの集合体であったように思います。

 

・ケイスケホンダのコーナーキックは相手GKがキャッチ。

1. 時間帯を考えると、延長戦も選択肢になる時間帯です。ただし、コンディションの都合や23人を走り切れる選手で揃えなかった指揮官の判断ミス、ジョーカー枠の不在から、泥試合に持ち込みPK戦まで引っ張るといった選択肢は欠落していました。とはいえ、もとから90分で走り勝つには久保選手、浅野選手、中島選手といった適した人材が不足していました。どっちに転んでも用兵のミスです。

また、ポーランド戦で柴崎選手を休ませることができず、もっとも重要な試合でフル稼働させられませんでした。そのポーランド戦も、結局は「日本らしい」試合運びから不用意に失点し、不要な博打に頼っています。

 

2. それゆえ、攻めるしかありませんでした。攻めるか守るかを勝率を考えて能動的に選んだわけではなく、攻めるしか選択肢がありませんでした。少なくともケイスケホンダは決めるつもりであのボールを入れたと思います。ただ、チーム全体で意思統一はされていたのでしょうか?そのわりにはボックス内に4人しかおらず、何が何でもここで叩き込む感はありません。ベルギーのほうが屈強な大男が多い以上、高さ勝負にすべてをかけるのは賭けとしてもちょっと無謀な気がします。正直わかりません。あのピッチの緊張感がそうさせたんですかね。

 

3. クルトワ選手のスローイングを誰も妨害していません(できなかった)。細部の執念、負けないための準備を怠った結果とも、フェアプレーに徹しすぎた結果ともいえるでしょう。失点につながる可能性のある箇所を詰め切れなかった報いでしょう。

 

スローイングはデブライネ選手の足元へ。

実はこの時点で詰んでいます。ベルギーの選手が5人に対し、日本の選手は3人しかいないのです。山口選手の対応について世間では騒がれていますが、根本的に山口選手とデブライネ選手がタイマンで対峙する時点でベルギーの思惑通りに事は運んでいます。正直あの状況で山口選手にできることはなかったと思います。突っ込んで「僕頑張りました!!」というアリバイタックルを見せれば批判は避けられたかもしれません(笑)どっちにしてもデブライネ選手を止められるタイミングは皆無でした。

数的不利の時点で、相手のミスを祈ることしかできなくなっていましたね。なぜそうなっていたのかは、「賭けに負けた」の一言に尽きると思います。

 

・パスは右に展開され、残りの守備陣は不利な対応を強いられる。

あの状況で2人で守るのは無理です。どういう選択をとっても、逆を突かれるのみです。GKとしても、ケアしなければならないことが多く、致命的な選択肢を切るのが精一杯です。ただ、こうした形で守備陣2人とGKが理不尽な形にさらされるのはザッケローニ監督期に散々ありました。いまだに克服されていない「日本らしさ」の一つですね。吉田選手や川島選手が理不尽に批判されることが多いのは、許容量を超える無理なタスクを尻ぬぐいさせられることが多いからです。会社員の皆様も自分のキャパシティを大幅に上回る仕事を吹っ掛けられたら信じられないミスの一つや二つはするのではないでしょうか。

 

こうした形でそもそも人材不足、指揮官が準備不足、極限状況で個人の頑張りのみで解決と日本らしいミスが積み重なれば、失点は必然であり歴史を繰り返したにすぎません。

 

 

私は、ワールドカップ前、「日本らしさ」は虚構であり、惨敗することになると予想しました。しかし、その予想は結果的に大きく外れました。

 

 

というのも、ハリルホジッチ監督の指示を半ば無視したウクライナ戦後の解任で、中心選手たちは、監督を追放してまででも「自分たちのサッカー」と心中して、自分たちの卒業公演を飾りたいのだろうとばかり思っていました。

※ここでの「自分たちのサッカー」は、自分たちがショートパスでボールを能動的に動かし、相手を疲弊させるサッカー。ケイスケホンダが2013年11月に監督とミーティングした際に理想として述べたことが『通訳日記』に記載されています。

 

つまり、当時の「自分たちのサッカー」は監督を追放してまでも彼らにとって追求する価値があり、敗北したとしても悔いのない、美しいものとして共通認識されていると思っていました。それだけの価値があると選手たちが考えていたのであれば、監督と根本の思想が合わないわけですから、解任は妥当だったわけです。

 

ところが、本大会で披露されたのは劣化ハリル式ともいえそうな、ロングボール主体で相手の守備陣形が整う前に仕留めるサッカーでした。ハリルホジッチ監督を追放してまでやるサッカーどころか、追放しないほうがむしろ完成度が高かったのでは?と言いたくなるようなサッカーでした。加えて、コロンビア戦のリードした時間帯、ポーランド戦の無失点の時間帯、そしてベルギー戦のリードした時間帯など、彼らがあれほど固執したはずのかつての「自分たちのサッカー」を披露できる機会はいくらでもありました。しかし、そんな時間は最後まで訪れることはありませんでした。

 

number.bunshun.jp

 

そして、あれほど信奉してきたパスサッカーはどこへやら、「自分たちのサッカー」の中身さえいつの間にかケイスケホンダの中で変わっていました。ケイスケホンダの中で変化したということは、当然日本代表全体での変化を意味します。「ごもっともだが」と監督の指示を懐柔できるキャプテンはいても、選手主導の内紛を統率できるキャプテンはこの8年間ずっといませんでした。

ここが、最大の誤算です。想像以上に「自分たちのサッカー」への拘泥が弱かったこと、想像以上に監督への私怨が蓄積していただろうことが状況証拠として残っていることははっきり言って衝撃でした。確かにハリルホジッチ監督はやさしく教え諭す指導者ではなかったとは思いますが、指図されたくないという理由で私怨で監督を追放するまでに至るとは(2大会連続で監督と対立し、キャプテンが統率できず、一体感のないまま本大会に臨むこと)さすがに想像していませんでした。

平たく言えば、「高度な要求をされ、自分たちができないことを口うるさく偉そうに言う外国人が気に食わなかった」といえるだけの茶番を、誰も止められないままこの8年を浪費したということは、あまりに滑稽かつ残酷です。

 

そもそも目指してきたはずの「自分たちのサッカー」は、いつの間にか中身が反転し、どう目指してきて、どこまで達成したのかも曖昧です。言葉が同じまま、ゴールだけが流転して何のためにブラジルW杯で惨敗したのかもはやわかりません。

結局、「自分たちのサッカー」と言いつつも、内面に自信はなく、今度こそ結果が出なかったときの批判を怖がっていたのでしょう。結果のためならパスサッカーは簡単に捨てられるほど軽薄なものであり、捨てた結果豪運と博打で結果だけは得ました。

 

・ベスト8, ベスト4へ行く大チャンス(50年に一度の豪運)

・4年間の連綿とした積み上げ

・追求してきたはずの日本らしいパスサッカー

・我慢して学んできたはずの相手を見て弱点を突くサッカー

・日本という国の今後の方針

・若手の育成、本大会の稀有な経験

・4年に一度の進捗振り返り、反省

 

これらをすべてかなぐり捨てて、得た結果がベスト16と考えると、何とも無謀な賭けでした。準備期間が不足していた以上、挑戦が無謀となるのは必然でした。

 

その結果、結果以外のすべてを失いました。

探し求めてきた「日本らしさ」は、リスクを顧みない玉砕精神にあったというあまりにも空虚な経験値が残るのみです。そういう意味では、今大会実に日本らしいサッカーだったといえそうです。

 

何も残らないように拍車をかけるように、次への期待に必死に話題をそらす報道が出ていますね。ハリルホジッチ監督より体脂肪管理や選手個々人の管理に容赦のないクリンスマン監督を招聘してどうするつもりなのでしょう?

 

オールジャパンを貫く胆力も、「自分たちのサッカー」を貫き通す自信もなかったのでしょう。それが、今回の結果で正当化され、美しい歴史として語り継がれてしまいます。すでに歴史は修正されつつあります。本大会で結局11人の相手に一度も勝っていなくても、結果は結果です。

 

ただ、いざとなったら簡単に捨てられる自分たちのパスサッカーになぜあれほど拘泥したのかという問いの答えは、どうやら得られそうにないのが残念です。

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく、"ブームだった"の一言が案外日本人らしい答えなのかもしれません。