炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

モテることはよいことなのか?

こんにちは。

 

モテることに消極的な火力不足です。

 

知人と話したり、簡単にメディアを見たところ、モテることは世間ではよいこととされていますが、どうにも納得いかなかったので、メリットだけでなくデメリットも考えてみようと思います。

 

よって、本記事はモテることのデメリットを考察することを目的とします。

 

目次

そもそもモテるとはどういう状態か?

・モテるとよいことは?

・モテると悪いことは?

 

そもそもモテるとはどういう状態か?

例えば、相思相愛の素晴らしい男女がいらっしゃったとして、その一方に「モテる」という言葉を使いますかね?おそらくですが「いい」や「素晴らしい」「羨ましい」といった別の表現を用いるのではないでしょうか。素晴らしい異性の相手が一人いることは、モテることに同義ではなさそうです。

個人的な見解としては、多くの異性から関心を持たれている状態と結論づけるのが妥当であるように思いますね。以下そのような定義に基づき進行します。

 

・モテるとよいことは?

多くの方から関心を持たれるというのは、承認欲求に影響しますし、悪いことではないように一見思えます。正直モテたいと思ったことが人生のうちで一度もないのでわかりませんが、モテているという状態そのものが承認欲求を満たすことに寄与するようです。妥当かどうかはともかく周囲の人から好意を抱かれるのは悪いことではないように思います。他者からの評価によって自信もつきますからね。

 

・モテると悪いことは?

ただ、モテることに関してもっとも納得いかない点がここで、要は自分の外面的な特性(容姿・服装・身長etc…)に惹かれた有象無象が自分に群れることがモテる状態なんですよ。人間である以上内面を知ってほしい、内面を認めてほしいという欲求が少なからずあるはずですが、内面ではなく金・顔・服という自分の属性に惹かれて集まっている状態なわけです。もし何らかの理由でこれらを失えばほとんどの人は離れていくでしょうし、苦境の際に人が離れていくというのは精神的にしんどいものがあります。

また、多くの方が寄ってくるということは、必然的にあまり有り難くない方も寄ってくることを意味します。一度関心を持たれるとなかなか邪険に扱うわけにもいかないですし、ここで扱いを失敗すると、トーカー化や関係性破壊爆弾攻撃を喰らうこともあるため、金を持つと友人が増えるのと同様に、本当に重要な関係はモテることでは築けないのではないでしょうか。前述したように、素晴らしい関係とモテることはイコールでは結ばれないように思えます。

 

・まとめ

関わる相手によりますが、世間で絶賛され、絶対視されるほどモテることは重要ではないように思います。幸福の指標が自分自身に依拠することがやはり重要ですね。