あまりにも偉大な守護神との別れ
本日、楢崎正剛選手の現役引退が発表されました。
ここ数年ずっと覚悟せざるを得ない話ではありましたが、いざ正式に発表がされるとどう受け入れてよいのかわからないものです。とにかく、来期以降楢崎選手が名古屋のゴールマウスを守る守護神として、ピッチに立つことはなくなってしまったという事実のみが残ります。それでもクラブは存続しますし、明日は来ますし、来期もJリーグは続きます。
最後に楢崎選手がJ1のピッチに立ったのは、降格が決まったあの試合です。
そこからついに更新されませんでした。とはいえ、ここ2年のようなサッカーを続けるのであれば確かに更新は難しいでしょう…。なにせ
・守備面で数的不利・1対1は当たり前
・ビルドアップは求められるが、相手のプレスを剥がす手段は未整備
・CBは容易につり出されるうえ、そもそも本職が起用されないこともある
これだけの無謀な要素が重なれば、横 7.32m, 高さ 2.44m という空間は一人で守るにはあまりにも大きく空虚な空間です。ただ、複数人で守ればその空間はかなり小さくできます。
その中で、「ある程度シュートを打たれることを前提で、チーム全体で守る」という選択を採用すれば、楢崎選手は今なお日本屈指のGKだと思います。勿論ディフェンスラインをあまり顕著に上げられなくなるなどのデメリットはありますが、ディフェンスラインを上げることが目的化しているJさんのようなクラブも少なくない以上、明確な目的に基づいて手段を採用している分メリットも具体的です。何より迷いがありません。
「相手に攻められ、シュートは枠内に打たれているが失点はしない」
相手からすれば得点チャンスは作れており、確かに得点機ともいえるシュートも打てているはずなのに、試合が終われば勝っていたのは名古屋という、相手には悪夢のような状況を肴に、かつて私たちは何度も笑ってきました。
優勝した年が特に顕著ですが、楢崎選手は驚くほど横っ飛びの派手なセーブがありません。「奇跡的」という言葉がGKのスーパーセーブの際に使われることがありますが、個人的には奇跡からもっとも縁遠いGKだと思います。そこにあるのは確かな準備と再現性に基づく論理です。準備を淡々と発揮し、防げるシュートをミスなく防ぐ。
これを淡々とこなせるGKは世界中見渡しても珍しいと思います。近年はGKにかかるタスクも増加しており、ミスしやすい環境ができてしまっているのも確かですが…。
それでも一つのミスが失点に直結し誤った誹りを受けやすいポジションゆえ、余計なミスは許されません。
・壁が飛ばないと約束していたのに壁が飛んだせいで失点した
・味方の不要なクリアミスから発生したピンチで失点した
・攻撃の選手のさぼりから生じた数的不利から失点した
・蛮勇で無秩序なコーナーキックからどうしようもない局面を作られ失点した
・ビルドアップの出口や避難所が設計されていないデメリットをすべて受けて失点した
こんなGKに責任をかぶせるのがおかしく、主犯を洗い出すべきケースでもなおGKが批判される中、ミスを受け入れ味方を鼓舞し、再び淡々と防がなくてはならない孤独な仕事です。一本のスーパーセーブも、その後失点すれば露と消えます。それがたとえ明らかな味方の怠慢であってもです。些末な舞台ではありながら経験した者としては、本当に理不尽で哀しい側面のあるポジションだと思います。その一方で、最も誇らしく偉大なポジションでもあります。
今後もう、いることが当たり前だと思ってしまうことさえあった守護神の活躍で笑うことはありません。攻められながらも淡々と決定機を防ぐはずだった632試合目のカウントは動きません。準備するだけの情報も、準備を確信に変えて止めるための守備網も、ともに戦ってきた歴戦の仲間も、もう名古屋にはないのですから。
平成とともに名古屋の一つの時代が終わり、過去の栄光が歴史となる日がついに来たということでしょう。
もはや、来期からかつての強い名古屋を知る選手がピッチに立つことはありません。
能力が高く人徳ある助っ人選手はたくさんいらっしゃいますし、名古屋を選んで来てくださった千葉選手のような新たな加入者もいらっしゃいます。希望を探そうと思えば、今年もこの2年間のように順番に若武者を愛で、未来に思いを馳せることも可能でしょう。
一方、うまくいかない時期を引っ張り続けてくださったベテランも皆いません。もう楢崎選手も玉田選手も来期にはいないのです。佐藤選手もまた別の地で戦うことを選びました。名古屋の様々な時期を知り、若手を背中や言葉で引っ張る選手はもういません。
その役割は誰かがやらないと空中分解しかねませんが、どうするのでしょうか。
和泉選手や杉森選手・青木選手・菅原選手らは将来海外で活躍して 「最初に名古屋を選んでよかった」というコメントを残してほしい選手です。 国内で終わらず、外へ出て日本を背負える選手です。下手に名古屋にこだわってほしくありません。名古屋に拘るという柵は、30半ばになって偶然バンディエラで居続けられれば勝手に消えるものです。最初から背負うべきものではないように思います。
上手くいったとき、歯車がかみ合った時の甘美さは昨季知ることができました。その瞬間の中毒性は確かにわかります。言葉では表現できない得難い喜びも確かに生み出す可能性があるクラブであることは実感しました。そして、その可能性に今クラブが賭けているだろうことも感じました。可能性に夢見るための風間氏招聘であればきわめて妥当な選択だと思います。良くも悪くも風と心中するのだろうと思います。
しかし、うまくいかないとき、風が吹かない時どうなるのでしょうか。風が吹くまで選手を替えるのでしょうか?新井選手が旅立ってしまったように、今度は丸山選手が、中谷選手が、前田選手が旅立つ番が今年来るのでしょうか。
魔のJ2で、風が吹かない時間を断ち切ったのは理不尽な個と選手の移籍でした。
帰ってきたJ1で、風が吹かない時間を断ち切ったのは理不尽な個と選手の移籍でした。
相手にとっては理不尽な個々が残った風間体制3年目のJ1で、もし風が吹かないときの対処がまた同じだったら、どんな気持ちになるのでしょうか。
34節中1節だけ吹いた風の中を夢の如く漂うのでしょうか。残りの33節からは目を背け耳をふさぎ、周りを「新しい名古屋をわかっていない」と指摘し、たしなめながら。
楢崎選手・玉田選手・闘莉王選手をはじめとした偉大なレジェンドと、田口選手や小倉監督・シモヴィッチ選手といった苦しい時期を戦力が乏しいなりに戦ってくださった方々、そして短い期間ながら名古屋のユニフォームに袖を通して戦ってくださったあまたの選手たちと酷な決別をしてまでなりたかった「新しいグランパス」で、何が披露されるのでしょうか。そこまでしてやりたかったことって、何なのでしょうか。
(純粋に戦力としての評価を一貫してやっているだけという主張は弱い。なぜなら、内部から戦力図をひっくり返す有望株が出てきていない以上、単なる戦力ガチャをしているだけなのが現状だから。上積みがされているのであれば競争が維持されているといえるが、序列の逆転もなく、外からの完成された選手ほどスタメンになりやすいのが現状。ソーシャルゲームで新たに実装されたレアなキャラクターを次々課金して取っているのと同義なので投資としても中長期的な効用が期待できない。また、他クラブのスタメン級選手を強奪しているわけでもないので大きな戦力ダウンも実現できていない。)
一番怖いのは、新しいといいつつ実態がなく偶然だけで、何も残らずに続いてしまうことです。現在、Jリーグに押し寄せる変革の波の中、多くのクラブが様々な部門に積極的に投資しています。
それにより、変革をうまく利用しているクラブと、変わることを拒むクラブに二極化します。変わることを拒み、日本サッカーに引きこもるクラブやJ2昇格組で資本に乏しいクラブと争えば、おそらく名古屋は勝ってしまいます。たとえ実態に乏しくても、個々の力で殴り合えばただ一つを除いて誤魔化せてしまいます。そして、そんな他クラブさんは現在進行形で降格枠が埋まるほどには存在しています。14位から15位で何となく残れてしまうというJ2に落ちるより恐ろしい停滞があり得るのです。
その間に順当に強化したクラブとの「時間」はどんどん開いていきます。
そしていずれは追い付けないほど離されることでしょう。昨年ちょうどベルギー代表に日本代表が突きつけられたように。今は天国が地獄かの分岐点にすべてのクラブが立たされています。鹿島さんや浦和さんも例外ではありません。
そんな分岐点で、かつて応援し続けた「名古屋グランパス」はどのように新しくなり、どんな道を邁進していくのでしょうか。
目標にACLを掲げた割には、現在選手層も志向するサッカーも目標と乖離していますが、どのようにその齟齬を埋めていくのでしょうか。3年目になって、さすがに「時間がかかるから」の一言で埋まらない齟齬を眺める人はいないでしょう。
(もしいたらその方は名古屋が好きというよりは風間氏が好きで信奉する方なのでしょう。そういった方が こんな僻地にいらっしゃることはありませんね。もっと行くべき場所がいくらでもありますから。)
指導者として準備をし、きっと学び続けて帰ってくださるであろう我らが守護神を迎えるに恥じないクラブになっていることを祈ります。