炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

風間サッカーは個人戦術

 

こんにちは。元名古屋サポの火力不足です。

 

昨日ロアッソ熊本を相手に1-0で勝ちました。内容の良さはともかく、改めて勝ちが一番の薬であることを再確認しました。

 

しかしながら、内容は一向に向上しておらず、5点をとるどころか慣れない守備で一点を守り切るという、よく言えば現実的な、悪く言えば場当たり的な方法での勝利であり、正直なところ相手に助けられたことは否定できません。

 

そこで、「時間がかかる」といわれた風間サッカーの利点と問題点を確認することを目的とします。

 

目次

・利点

・「時間がかかる」のウソ

・技術とは?

・まとめ

 

・利点

まず、見ている人は楽しいらしいです。らしい、というのは私自身はそう思わないですが、魅力的という言葉がよく使用されることからも、長所といえそうです。確かに、観客というのは手に汗握る接戦か、一方的な虐殺を好むという研究があるそうです。申し訳ありませんがソースはありません。何となくイメージしやすいと思います。究極的なポゼッションはボールを触れない相手をイライラさせ、そんな弱者を遊び倒す娯楽であり、まさに虐殺です。日本でポゼッションというか、ボールを足元に置いておくことがここまで是とされるのは個人的には不思議です。日本がワールドカップで健闘するのは守備から入った場合が多いので特にですね。

また、ボールが足元にあることで、自分たちのタイミングで仕掛けることができるのは大きな利点です。相手に振り回されるのは疲弊しますからね。ただし、失った時のリスクを勘案しないと痛い目を見ます。

そもそもサッカーはボールを持っている場面とそうでない場面が転々と変わるスポーツなので、ポゼッションかカウンターかという二項対立はあまり意味がないと思うんですがね。この区分も昔の遺物かなと思います。

 

・「時間がかかる」のウソ

戦術の浸透に時間がかかるのなら、新加入選手がいきなりスタメンを張って90分フル出場することはおかしいです。特に、プロ選手なら圧倒的な実力があれば稀にあり得るかもしれませんが、プロデビューの大学生がいきなり戦術を理解して90分…というのはあり得ません。時間をかけてゆっくり戦術を覚えていくことになるはずなのに、なぜか古参の選手を追い抜いて出ているわけです。この時点で、「時間がかかる」はウソと断言できます。「(決めごとや組織としての動きが仕込まれないから選手同士で呼吸を理解して連動して相手を崩すのに)時間がかかる」が妥当なのかなと思いますね。選手同士の理解だと30年前のサッカーになるので、そこにルールを与えて、連動を早め、質を向上させるとか信条に矛盾しない範囲でやれることはあると思いますが、一向にそんな気配はございません。

それって本当に必要な時間なんでしょうか?コンピュータでできることを手書きでしている時代錯誤感が…。

 

・技術とは?

止めて蹴ることは大切な技術ですし、そうした場面がサッカーにおいて多くなるのであれば練習すればするほど有用だといえます。しかし、止めて蹴るだけがサッカーのすべてではありません。足元にボールがない時はその技術は残念ながら役に立ちません。逆に、足元にない時は守備の身体の向きや相手への当て方、ファールにならない上手なスライディングや危険なエリアを予想して封鎖する能力などが重要になります。これらは技術ではないのでしょうか?私はこれらもれっきとした技術であり、技術に貴賤なしと考えます。また、ボールが足元にある場合でも、止めて蹴ることと同じくらい、どこでボールを受けるかというポジショニングや、どうやってボールを扱いやすい姿勢になって相手を外すかというターン、身体や目線を使って相手を欺くドリブル、おとりの動きを混ぜて相手を迷わせるフリーランニングなど重要なことはたくさんあると考えます。

止めて蹴る以外が伝授されているようには残念ながら見えませんね。相手への敬意がなく、セットプレーの対策を怠るのも「技術」の不足と断じます。

 

・まとめ

止めて蹴る以外の技術が足りていない結果、攻守ともに良い形を再現し、得点を量産できていないのだと思います。一番足りていないのは「仕込む技術」なのかもしれませんね。モチベーターとしては優秀なのでしょうか?

個人で殴るサッカーなら殴り方が変わっただけで殴っている事実は昨年と何も変わっていないんですけど。

 

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