炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

ソーシャルゲームに「もったいない」は一切不要

こんにちは。価値効用に敏感な火力不足です。

 

スマートフォンの登場とともに流行し、今ややっていない人を探す方が難しいと思われるソーシャルゲームは、隙間時間にでき、ちょっとした暇つぶしとしては有用です。

また、ゲームとして作りこんであるものもあり、私自身も面白さを感じるものは確かにあります。

 

しかし、ソーシャルゲームというのは、本来楽しむためにやるはずですが、「無料」と「スタミナ」を考慮すると話が変わります。これらに縛られた結果かえって楽しめなくなるという逆転現象も珍しくないようです。価値効用からするとおかしな話ですね。

 

本日は、ソーシャルゲームと価値効用について考えることを目的とします。

 

 

・本来の目的は?

・スタミナ一つで変わらない

・まとめ

 

・本来の目的は?

とんでもなくやりこんで、サービス終了まで全ユーザ内で1位になってやる、というやりこみ気質の方は例外として、大抵の方は暇つぶしか面白さを求めてプレイしていると思います。つまり、時間を使って楽しめると思ってプレイしているわけですね。

つまり、自由に楽しくやれるからこそやっている…はずですよね?ところが、「スタミナ」が絡むと、特に無課金プレイの方はもったいないと感じ、依存症に近い症状まで至ってしまう方もいらっしゃるようです。

こうした義務感に基づいた消費作業のどこに楽しさがあるのでしょうか?手段と目的が逆転してしまっています。

 

・スタミナ一つで変わらない

また、そうまでして使用したスタミナ一つで劇的な逆転はあり得ません。なぜなら、スタミナが余っていて消費が義務感を覚える時点でその時点にできる行動が限られているからです。非常に重要なイベントの最中に「スタミナが多すぎて使い道がない」となりますかね?時間がないけれどなんとかこなしたい、スタミナが足りないと思うことがほとんどではないですかね。つまり、重要度はイベントに依存しますし、スタミナを足りないと感じるイベントをこなしていれば、致命的な差はまず発生しません。重要なイベントに時間をかけたいと思えるかはあなた次第です。そこは今回の中心ではないので多くは語りません。

できる限り少ない浪費で勝つ一種の縛りプレイを貫くのなら、スタミナを捨てる覚悟の方が重要だと思います。取捨選択がしっかりできているわけですからね。第一、スタミナ一つで逆転できたらだれも課金しません。

 

・まとめ

ちりも積もれば山となるとは言うものの、ことソーシャルゲームにおいては通用しないと思います。時間を金で買えるからですね。また、ちりの大きさがイベントごとで大きく異なるからですね。私はやりませんが、勝ちたければ金を適切に積みまくることが最短です。微課金というものはどっちつかずな気はしますね…据え置きを買っていると思えば納得できるものなのでしょうか。

自分のやりたい気持ちに従っていなければ、ゲームにむしろ遊ばれています。