炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

車で空を飛べたとしても、案外世の中は変わらないかもしれない

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こんにちは。高いところが好きな火力不足です。

 

今年4月、米国のKitty Hawk 社が年内に空飛ぶ車の実現を図っており、いよいよ人類の夢ともいえる「空飛ぶ車」を見ることができる日が近づいているといえます。

 

ここ10年ほど「若者の車離れ」とか言われてきたのは金銭的な余裕がなくなったことが大きいとは思いますが、わくわく感が車から失われたのも一つの要因といえそうです。

そこで逆転の一手となるのか、はたまた一部の人間の娯楽で終わるのかはわかりかねますが、個人的には案外変わらないと思っております。

 

本日は、空飛ぶ車が世の中(特に日本)を変えない理由について述べることを目的とします。

 

 

目次

・危険

・結局ルールに縛られざるを得ない

・世間が対応しない

・そのほか権利とか→環境権

・まとめ

 

・危険

開口一番あまり言いたくはないですが、どう考えても皆が空飛ぶ車を所持すると危険です。

なぜなら、現在の車の所有状況をヘリコプターに置き換えて考えてみてください。自由に飛べるからこそ空に行くわけですが、一家に一台ペースで自由に飛んだら確実に現実は血の色に染まります。3次元の動きが加わるのが難しさを助長しますし、立ち入り禁止区域に飛んではいろうとする人も間違いなく現れるでしょう。

猫型ロボットが登場する超有名なアニメにおいても、主人公たちだけが飛べるからこそ羨ましさがあるのであり、皆が飛んでいたらぶつかることは避けられません。我ながらなんて夢のない話なんでしょうか。今話題の自動運転に賭ける方法もありますが、2次元でさえ実現していないのに、3次元の移動で安全にできると考えるのは甘いように思えます。高度を変えられる一方で、明確な法規がなく、制御されていない環境は自動運転といえど危険でしょう。

 

・結局ルールに縛られざるを得ない

そうなると、現行の道路上空を飛び、信号も現在のものに従う、あたりがルールとしては落ち着きどころになるのではないでしょうか。しかしながら、これだと衝突は避けられるかもしれませんが、燃費であったり、滞空しての待機は可能かなどのまた別の問題が浮上します。何より、時間や規律といったしがらみから解放されるための切り札として空の可能性が追求されてきたのに、空でもルールに縛られるのであれば、何のための空なんだ、という思いに駆られてしまうことでしょう。むしろ落胆が広がるかもしれません。ただ、好きなように飛べば、目の前に広がるのは鮮血に染まった夢の残骸でしょう。もちろん、

操作の難しさにもよりますが、まず間違いなく「飛びスマホ」などのながら行為はそのうち出で来るでしょうね。

 

・世間が対応しない

世間に新たなものが浸透するには、だいたい3割ぐらいの人間が使うようになり、声を無視できなくなると一斉に導入され、定着するという肌感覚があります。しかし、それまではできることが大きく限られます。特に、空飛ぶ車のような移動手段となると、駐車場のスペースや燃料の問題など、解決されないと使えない問題が立ちふさがります。

また、そうした革新的で高価なものの為に一般人が果たして好意的に協力するのか…。

 

・そのほか権利とか

また、いざ飛ぶことができ、万が一完全に自由に飛行でき、空中待機もできるとすれば、国境越えはそうそうしないでしょうが国内の観光地には赴きたいと考える方は少なくないと思います。そうなると肝心の観光地の空はどうなるでしょうか?少なくとも、地上から景観を楽しみたい方の趣は完全に失われると思います。また、住んでいるマンションの横を車が通ると景観が害されるでしょうか?

つまり、憲法において明文化はされていないものの、正当な権利として行使できる環境権であったり、名付けるとすれば景観権といえそうなものを抵触しそうな予感があります。空を飛ぶことにはやはり夢がありますから、夢と現実のはざまでおおいに揉めそうですよね。

 

・まとめ

ここまで批判していますが、私自身も空飛ぶ車は実現してほしいです。むしろ、実現してほしいからこそ問題点を考え、自由と規律をどう両立させていくかにはかなり関心があります。盲目的に「空飛びたい!」だけではなかなか成り立たないのは残念ですが、命にかかわる事件が起きて封印されてからでは遅いです。

自由に飛ぶために、厳しい規律と向き合い、改善していく必要があるのは、この界隈だけではありませんね。