炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

若者が電車に優先して座る日が来る

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こんにちは。優先席に座らない火力不足です。

 

いよいよ出生数が100万人を割ったということで、深刻な超高齢社会が目前に迫っていることを強く感じさせられます。現在のサービスはどの程度維持されるのか、食糧事情はどうなるかなど、今後不安になる要素が控えている今日この頃です。

 

そんな中で、若者の数が今後減っていくのは確実なので、若者の数が少なくなった先について少し考えてみようと思います。

 

本日は、減った若者が社会でどのように扱われるかを予想することを目的とします。

 

目次

・まず間違いなく希少な存在

・希少な存在には保護が働く

・どこかで高齢者向けの価値観の変化が来る

・移民か女性抑圧か工業生産すれば回避可能

・まとめ

 

・まず間違いなく希少な存在

女性の社会進出であったり労働時間の長時間化であったり出生数増加のためにやるべきことと真逆のことをしているので、まず間違いなく今後も未来ある若者は減り続けます。今後移民政策がどの程度進められるかは見当がつきませんが、日本人の若者、というだけで希少になる時代はそう遠くないでしょう。言葉は悪いですが、純国産の未来ある・限られた資本に精一杯投資をして、援助しようという風潮が出てきても何らおかしくないと思います。

 

・希少な存在には保護が働く

適切であるかどうかはともかく、希少なものと言われると社会全体で保護する機運は高まります。そして、若者世代が望んでいるかどうかはともかく、負担を一見軽減するように見える行動がとられるようになると推測します。その具体的なやり方が電車の優先席かなと思いますね。ゆとり教育の反動とやらで今の世代でさえ小学校のうちから英語をはじめとした膨大な教育を課されており、将来の世代はもっと疲弊するようなカリキュラムを組まれるでしょう。そして、学校も格差ができ、金を払ってよい教育者・よい同志がいる学校に行くことは当然になるでしょう。

そんな疲れた世界で、せめてもの休息を与えるという大義名分はありますし、高齢者側に自立を促せるのも大きいです。もっとも、肝心の若い世代がそれを望んでいるかはわかりませんがね。ただ、割りばしやビニール袋の削減といった、社会や環境に貢献している気分を与えてくれるものは好まれるので、奨励されそうな気はしますね。

 

・どこかで高齢者向けの価値観の変化が来る

高齢者が、最期まで自立することが求められる時代が来ると思います。

すでに現在でも怪しいですが、高齢者を社会全体で敬い、支えるというやり方はうまく回らなくなりつつあります。となると、自分自身の人生の締め方まで自分でコントロールできる高齢者がよい、未来ある下の世代に負担をかけるのは恥ずかしいといった価値観がどこかの世代で生じるでしょう。ある世代から自発的に生じなくとも、なし崩しで認められていき、死ぬ側も「皆で不幸になれば怖くない」「皆我慢しているから自分も」とばかりに諦観せざるを得なくなるでしょう。

そういった世の中になるのなら、わりと安楽死って需要あると思いますがねぇ。まぁ倫理がかかわるので需要と供給で決められる話でもありませんが。

 

・移民か女性抑圧か工業生産すれば回避可能

こうした超高齢社会を回避する手はないわけではありません。ドイツやフランスのように移民を大量に流入させることで出生数は増やせます。その分、どうあがいても悪い人間も入ってくるので、安全なんて言葉は口が裂けても言えなくなるでしょうね。女性を徹底的に家庭に押し込めて3人以上生ませる手もあります。しかし、成功する要素がないので多分これもしないでしょう。

となると、個人的には人工的な出産が一番日本には向いているのかなと思います。自由恋愛を採用した結果男女とも恋愛からは離れてますし、二次元の発達はそれだけの需要があったことを示すのかなと思います。女性は出産という地獄のような痛みからも解放されますし、女性の働く権利も尊重できます。世界に先駆けるのもよいのではないでしょうか。

 

・まとめ

先進国が必ず通る道ではあるので、頭ごなしに批判するよりは生き方を考えた方が生産性はありそうです。さすがに未曽有の人口減少ゆえに若者への配慮は何らかの形で起こると思いますが、「最近の若者は…」と若者たたきを繰り返している可能性も否定できません。人間数十年でそう変わりませんからね。