炭火のような生き方

生き方に悩む人のためのブログ

「頑張りたくない」にたどり着く理由

こんにちは。頑張るより冷静に努力する派の火力不足です。

 

前回の記事では、頑張ることについて考えましたが、頑張りたくないという拒否反応も世の中にはあり、反対の状態を知ってこそ真に頑張る意義がわかるのかな、と感じました。

 

よって、本日は、「頑張りたくない」ことについて考察することを目的とします。

 

 目次

・我を通したくないはずはない

・努力したくない

・本人の怠惰

・ベクトルが間違い

スカラーが異常

・周囲の環境が悪い

・まとめ

 

・我を通したくないはずはない

前回の記事で「頑張る」ことが持つ言語的な意味合いを確認しましたが、そのうちの我を通すという意味で使っている人間はまずいないでしょう。もし、自分自身を強く主張したくないという思いが本当にあるのなら、おそらく周囲にもっと根源的な問題が存在していると思われるので、環境を変えることを勧めます。とはいえ、頑張りたくないの本音は他の意味に潜んでいます。

 

・努力したくない

「頑張りたくない」を同義語に変化するとしたらこうなるのではないでしょうか。ただ、一概に努力したくないというのが悪とも言えません。なぜなら、基本的に人間は自分のためになると実感していることを止めようとは思わないので、どこかに割が合わないという感覚が生じているといえます。この「努力したくない」中身をさらに細分化します。

 

・本人の怠惰

性格上努力や忍耐が得意ではない、という方はどうしてもいらっしゃいます。ただ、そういう方は異なる環境やフィールドにおいて常人以上の成果を発揮することもあるため、要は自身の適正と合致することが重要だということですね。しかしながら、後天的に怠惰にさせられることもあり得ます。この点は周囲の環境の項目で詳しく見ます。

 

・ベクトルが間違い

努力の方向性が間違っているといわれるものですね。二の腕に筋肉をつけたいのに腹筋ばかり繰り返して努力に疲れている状態です。解決策は自分でしっかり勉強するか、専門家に相談し、適切なベクトルを知ることですね。自分がどうなりたいかという目的を整理できれば、おのずと修正できます。ただ、相談相手を間違えると地獄を見るので慎重に。

 

スカラーが異常

目標があっても、求められる努力の量が多すぎて自分自身の許容量を超えてしまうのがこの状態です。成果の出ない状況で将来の成功を確信し、前進できる人間は多くありません。成果が出ないことからは撤退するほうが合理的であり、自分の貴重な資源を浪費せずに済みますからね。例えば10000時間努力すればプロスポーツ選手になれることが確実になったとしても、迷いなくできる人間は多くはないと断言できます。また、仕事上で物理的に不可能な量の仕事を押し付けられたりした場合もここに該当すると思います。

 

・周囲の環境が悪い

自分一人で努力を修正し、周囲の雑音を払いながら目標に邁進できる人間はそもそもこんな文章を読んでいません。そんな本物の天才はここを読む時間があればもっとほかの自身にとって価値効用の高そうな努力をしています。一般人は周囲に何らかの干渉を受け、認知判断するからこそ努力に迷いが生じたり、頑張りたくないという気持ちが生まれるのです。自分の努力を易々上回る人間に囲まれたり、罵詈雑言を受けたりすることで、勤勉な人間は容易に怠惰になりえます。身体は正直なもので、割に合わないことは気が進まないようにできているのです。

 

・まとめ

人間もれっきとした動物なので、身体に従うのが必要な時間もあります。精神力は万能ではありませんし、精神も摩耗します。環境がおかしいと感じたら、その直感を忘れず、「頑張らない」ことも大切にするべきです。自分に正直に生きましょう。